東京大学大学院の五十嵐中・特任准教授

■シリーズ「進化する薬のいま」

 これまでとタイプが異なり治療効果も高い分、価格も高い「高額薬」が次々に登場しています。患者や家族にとっては朗報ですが、社会全体でみると、医療経済に与える影響は大きいと指摘する声もあります。この状況をどう考えればよいのか。医療経済が専門の五十嵐中(あたる)・東京大学大学院特任准教授に聞きました。

 ――がんやアルツハイマー病、遺伝性の希少疾患など、さまざまな分野で高額な薬が使える時代になりました。

 高額薬と言っても、さまざまなタイプがあります。

 たとえば、2020年に承認された、乳幼児らに起こる難病の脊髄(せきずい)性筋萎縮症(SMA)の治療薬「ゾルゲンスマ」は1回の投与価格が約1億7千万円と高額で、当時大きな話題になりました。ただし、患者数はきわめて少なく、年間の使用者は最大でも20~30人と見積もられています。

 医療経済や財政に与える影響は、1人あたりの価格(タテ)だけではなく、その薬を使う人たちがどれだけいるか(ヨコ)、どれぐらいの期間使い続ける薬か(高さ)、いわば「タテ×ヨコ×高さ」の三つの要素のかけ算で考える必要があります。

 たとえば、「オプジーボ」などのがん免疫チェックポイント阻害剤は、保険で使える病気が増えた結果として、使う人数は大きく増えました。しかし、オプジーボのようながん治療薬を年単位で使い続ける人はまれで、かけ算した結果は、ある程度絞り込まれます。

 一方で、アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」「ドナネマブ」は、使う人の多くが年単位の使用になります。リウマチやアレルギー疾患などで使われる生物学的製剤と呼ばれるタイプの薬も、長期間の使用となり、年単位で使わない人はむしろまれです。このため、かけ算した結果としての財政影響は非常に大きくなる可能性をはらんでいます。

 ――高額療養費の負担の引き上げをめぐる議論が話題を呼びました。

 こうした薬を使う患者さんたちの多くは、高額療養費制度があることで、自己負担を抑えられています。公的医療保険の根幹で、引き上げには反対です。

 コロナ禍を経て、この議論が出てきたことに意味を感じます。見直しの議論はいったん凍結になりましたが、10年前であれば「凍結になってよかった」で終わっていたかもしれません。でも、今回は「では、どこを削ればよいか?」という検討が続いています。

 コロナで、私たちは医療崩壊を目の当たりにしました。医療資源にも全体の予算にも限りがあること、そのなかで医療に「全振り」すると日常生活にしわ寄せが来ることを知った。「命は地球よりも重い」と言うだけでは立ちゆかなくなっている、という雰囲気が醸成されたように思います。

 ――政策的にはこれまで、国は診療報酬の薬価部分を下げ続けることで医療費を抑えようとしてきました。

 薬価を下げ続けると、製薬企業は開発意欲を失います。事実、すでに海外の製薬企業は「日本市場で売りたくてたまらない」とは思っていないし、日本の製薬企業もポテンシャル(潜在力)があって画期的な薬をどんどん出せるという環境にはいま、ありません。この状況は、欧米で使える薬が日本で使えない「ドラッグロス」につながり、将来の患者さんは不利益を被ることになります。

 1961年にスタートした「国民皆保険制度」の本来の定義は、「みんなが安価で必要な医療を受けられる」ことです。

 ここで出てくるのは、「必要な薬とはなんだ?」という問いです。

世界でも珍しい日本のしくみ「一度承認されたら、ずっと保険」

 本来、必要な薬と、そうでな…

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