日雇い労働者の街として、路上生活者や前科のある人など様々な人を受け入れてきた東京・浅草の山谷を見直す学会が6月、開かれた。山谷は「しんどい人を助けてきた」。参加者からは、山谷は地域での共助のモデルになるといった意見が相次いだ。
山谷で、身よりのない人の医療やみとりを考える「日本仏教看護・ビハーラ学会」が、「慈愛の花を咲かせましょう―寄る辺なき者、共に生きる」というテーマで6月28日、29日に開催。医者や看護師、介護福祉士や支援団体、僧侶など約150人が参加した。学会は21年前から毎年開いているという。
南千住の回向院であった初日の学会では、山谷で、身寄りの無い一人暮らしのお年寄りを支える仕組みについて紹介。様々なNPOのメンバーや、路上生活の経験者が、取り組みが広がっていった様子を話した。
歴史的な理解を深めるために、「まちあるきツアー」もした。かつて山谷地区にあった、小塚原処刑場の跡地や首切り地蔵、支援団体の拠点などをめぐった。
浅草寺で開かれた2日目には、身寄りのない人を治療してきた、浅草寺病院の取り組みが取り上げられた。
起源は1910年までさかの…