海から1キロほど離れた平地には、原っぱが広がる。かつては住宅街だったが、一帯は津波に襲われ、家々は流された。
東日本大震災で家を失った渡辺征二さん(84)は原っぱに立ち、手話で記者に気持ちを伝えた。「故郷に帰りたい」――。
震災後、生まれ育った宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区に戻りたいと願ったが、高齢を理由にあきらめた。今は、仙台市内で長男家族と暮らしている。それでもふるさとが恋しく、家があった原っぱを訪れては過ぎ去った日々を懐かしんでいる。
両親と三つ上の兄は「きこえる人」だ。自身は5歳の頃、はしかにかかり発熱したことがきっかけで聴力を失った。子どものころは名取川で泳ぎ、魚をとった。よく晴れた日に、川辺や海辺から見る空が好きだった。
津波 何のことか分からず
同じろう者の勝子さん(80)と結婚後も、閖上に住んだ。長年勤めた自転車店を退職し、穏やかな日々を過ごしていた2011年3月11日、地震が起こった。
大きな横揺れでテレビや冷蔵…