もし生き延びることができたなら、もう怖いものなどなくなる――。

 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した直後、ダニーロ・チュファロウ(35)は、妻にそんな言葉をかけられた。2人で身を隠した暗い地下室に伝わる、砲撃の爆音。死が、身近に迫っていた。

 ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリ。チュファロウはここで生まれ育ち、パラリンピック競泳で視覚障害クラスの代表にまでなった。08年の北京から21年の東京まで、4大会連続の出場。数々のメダルを手にしてきた。

 だが東京大会の翌年、ロシアはウクライナに侵攻した。マリウポリは地獄になった。絶え間なく続く猛烈な攻撃にさらされた。

 自宅は破壊され、地下室を転々とした。地下にいてもいつ建物が崩壊して生き埋めになるかわからない。電気は途絶え、ネットはもちろん、電話もつながらなかった。外の状況が全くわからなかった。

 20日ほどが経ち、食料も水も尽きた。とどまれば死が待っていると確信した。着の身着のまま、妻と車で街を脱出することを決めた。行き先のあてがあったわけではない。「どこかにたどり着けることを願った」

 そして、生き延びた。

 ただ、選手として練習を再開…

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