登壇した獣医師は、感情がうまくコントロールできず、怒りや悲しみに揺れているように見えた。2010年の秋に、大阪府で開かれた動物臨床医学会のシンポジウムでのことだ。

 牛や豚など計29万7808頭が殺処分された現場からの報告だった。

家畜防疫の対応にあたる獣医師らのストレスについて研究する酪農学園大の蒔田浩平教授=2025年7月16日、北海道江別市

 獣医師の様子を見た酪農学園大の蒔田浩平教授(54)は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を疑った。「現場がいかに悲惨か、従事する人の精神的な被害をきちんと明らかにする必要がある」と強く感じた。

 最初に感染が確認されたのは宮崎県都農町の牛農家で、その年の4月のことだ。

 口蹄疫(こうていえき)だった。

 翌日には隣町でも感染が出た。

 その後は、国内初となる豚への感染、複数の農場での同時多発的発生と事態は悪化し、8月に県が終息宣言を出すまでに、一時県下11市町へ広がった。

 口蹄疫は、牛や豚など蹄の先が二つに割れた偶蹄類が感染する。感染すると、口や蹄に水ぶくれができて、潰瘍(かいよう)が起こるなどの症状が現れる。

家畜は未感染も含めて殺処分

 脅威なのは、その感染力の高さと感染規模の大きさだ。感染した家畜は生産性が低下し、畜産農家には大打撃となる。国際的に最も警戒すべき家畜感染症のひとつだ。そのため原則として感染が確認された場合、防疫措置として同じ畜舎に飼われる家畜も含めて、すべて速やかに殺処分する。

 獣医師たちは、注射器による薬物の投与▽埋却用の穴やトラックの荷台などに家畜を集めて、ボンベから二酸化炭素をホースで充満させる▽大きなはさみのような器具で家畜を挟んで電流を流す――など、複数の方法で、家畜たちを殺処分していった。死体は消毒し、決められた場所に埋める。

殺処分された牛の埋却作業を実施する職員ら=2010年6月17日、宮崎市提供

 「牛や豚といった大きな動物を扱うので防疫従事者の健康といっても、当時は作業時の安全面など肉体的な視点がほとんどだった」と蒔田さんは振り返る。

 獣医師たちに何が起きているのか、調査に乗り出した。宮崎県内で殺処分に従事した複数の獣医師を対象にグループディスカッションやアンケートなどの手法で、当時や現在のストレス状況の聞き取りを試みた。

獣医師が語った当時の苦悩

 11年5月、宮崎県内で一室…

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