子どもニーズカード。縁がピンクなのが「感情カード」、青が「ニーズカード」だ=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影

 子どもたちが何を考え、胸の奥で何を大切にしているのかを知りたい。そんな願いを持つ保護者や先生らの間で「子どもニーズカード」というアイテムが口コミで広まっている。

 52枚1組で、かわいらしいイラスト付きだ。「ありがとう」「イライラしている」などと書かれた「感情カード」と、「みてほしい」「へいわ」などの願いが書かれた「ニーズカード」が半数ずつ。これを使って会話を重ねると、子どもがうまく表現できなかった自身の感情に気づき、周りの人の気持ちを想像する力も育まれるという。

 1月、製作者の能美尚子(たかこ)さん(42)=広島県廿日市(はつかいち)市=が大阪府の摂津市立別府小学校に招かれ、1年生3クラスに授業をした。児童は班ごとにカードを並べ、1人ずつ最近の出来事を話し、思いを語った。周りはその子の「大事にしていること」に合うカードを選び、感想を言っていく。

子どもニーズカードを使った授業をする能美尚子さん(中央)=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
子どもニーズカードを使った授業。中央奥が能美尚子さん、その左が廣畑渚紗先生=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影

 担任の廣畑渚紗(なぎさ)先生(31)によると、春先はうまく感情を表せず、周りに暴言を吐く子、手を出してしまう子が多かった。だが、道徳や生活の授業でカードを使いつつ自分の思いや願いと向き合い、周りに話を聴いてもらう中で、徐々に感情を言葉で表現できる子が増えていったという。

 この日、3組のある男児は能美さんにドッジボールをしたことを話し、勝つときの喜びを語るだけでなく、「負けると悔しい」と言った。それまで負の感情を表現するのが特に苦手な子だったという。そして男児はニーズカードから「ちからをあわせる」「あんぜん」を手に取り、笑顔を見せた。能美さんは「大人から押しつけられるのではなく、自分自身で大切にしたいことを見つけてくれた」と話す。

 廣畑先生も「カードを使うときは温かい時間になる。クラス全体でも、1学期はバラバラに遊んでいたのが、最近は給食の時間にみんなで同じ話題で盛り上がる」と手応えを感じている。

 能美さんは娘2人が幼い頃、夫が仕事で忙しい中、「母として妻としてどうあるべきか」とばかり考え、自分が何者なのかを見失っていたという。その頃、「Nonviolent Communication」(NVC=非暴力コミュニケーション)という米国の臨床心理学者が体系化したコミュニケーション手法を学び始めた。人は他者や自身を社会規範に照らして「正しい」「役に立つ」などと評価し、「そうでない者は罰せられるべきだ」と決めつけてしまう――。そこから解放され、自分の内面のニーズ(願い)に目を向け、互いを尊重しつつ生きようという試みだ。アフリカや東欧など民族間の殺し合いが起きた土地でも広まっているという。

聴いてもらえる安心感

 2020年に離婚をしたとき、友人らがとことん寄り添ってくれた。「自分自身と向き合う大切さと、周りが話を聴いてくれるありがたさを感じた」。その後、療育の必要な子らが通う放課後等デイサービスに勤めて多くの家庭と向き合い、親子・夫婦関係の「わかりあえなさ」を実感。試しにカードを作り職場で使うと効果を感じた。

 こんなこともあった。小学生男児に「きょうの昼休み何してた?」と聞くと「ぼーっとしてました」と答えた。能美さんは彼が「だるい」「つかれた」の感情カードを選ぶと思っていると、意外にも「よろこびにあふれた」を選んだという。「その子のお母さんも私も『大人が勝手にその子の感情を決めつけてしまうことがあるんだ』と自覚した出来事でした」

子どもニーズカードを製作した能美尚子さん(左)と、製作を手伝ったスクールソーシャルワーカーの宝本いつみさん=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
子どもニーズカード。縁がピンクなのが「感情カード」、黄緑なのが「ニーズカード」だ=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影

 ウェブサイト(https://kodomoneeds.base.shop/)=QRコード=でカードのデータを無料公開したところ、商品化を求める声が上がり、22年から有料版(3080円)も販売する。いずれもサイトから入手、購入できる。全国の家庭、小中学校や福祉施設などに広がり、有料版は2千組以上、カードの一覧を印刷したポスターも300部以上を発送したという。子どもと使うだけでなく、大人どうし、職員どうしで使っているという声も届いている。

 能美さんは言う。「自分の感情や大事にしたいことに自ら気づき、それを聴いてもらうことで子どもは安心して過ごせるようになる。カードがそのお手伝いをできればと思います」

大阪府の摂津市立別府小学校には子どもニーズカードが10組あり、授業や学級会などで利用しているという=2025年1月17日、同小学校、宮崎亮撮影
教室の黒板を使って子どもニーズカードの説明をする能美尚子さん。その手前は廣畑渚紗先生=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
子どもニーズカードを使った授業をする能美尚子さん(右端)と廣畑渚紗先生(左から2人目)=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
子どもニーズカードを使った授業をする能美尚子さん(中央奥)=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
子どもニーズカードを使った授業をする能美尚子さん(中央)=2025年1月17日、大阪府の摂津市立別府小学校、宮崎亮撮影
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