「ドン」が立てなくなった――。来園者からの通報が届いたのは2023年6月15日午前のことだった。当時、札幌市円山動物園で飼育されていたオスのカバだ。国内最高齢の53歳だった。飼育係長で獣医師の林紘太郎さん(48)は事務所から獣舎へ急いだ。
ドンがときどき脚を引きずって歩いているのに気づいたのは20年の春ごろだ。関節が悪くなれば最後は自分の体重を支えきれずに倒れてしまう。
体の左側を下にして、屋内の展示室から屋外プールを目指す途中で、ドンは通路に横たわっていた。1トンを超える体をなんとか起こそうと脚をばたつかせてもがく。近寄る職員には口を開いて強く反応した。
「早くこの状態をなんとかしてあげたい」
ミキサーにかけたリンゴをじょうろで口元に流すが、横向きのままでうまく飲んでくれない。脂肪をたくさんたくわえているのですぐには死ねず、きっと苦しい時間を過ごすことになる。
「おそらく安楽死させることになるだろう」。前から園内でも話していた。いずれその日が来ることは覚悟していた。
その午後、園の関係者らで安楽死処置の検討会議を開いた。回復の見込みがないこと、ドン自身に苦痛や恐怖が続いていることなどから、「安楽死処置が妥当」との結論に至った。
「これだけ大きな動物が動け…