最高裁判所=東京都千代田区

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故をめぐり、いずれも東電元副社長の武黒一郎、武藤栄両被告らが業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、2人を無罪とした東京高裁判決を支持し、検察官役の指定弁護士の上告を棄却した5日付の最高裁第二小法廷の決定理由の要旨は以下の通り。

 【起訴内容の要旨】

 両被告は、勝俣恒久元会長(昨年10月に死去し、裁判打ち切り)を補佐し、原発の運転、安全保全業務に従事していた。

 被告らには、高さ10メートルにある同原発の敷地を超える津波が襲来し、原発の電源が失われて冷却機能などが喪失し、原子炉の炉心が損傷してガス爆発などの事故が発生する可能性があると予見できた。防護措置などの適切な措置を講じて事故を未然に防ぐ業務上の注意義務があったのにそれを怠り、漫然と運転を継続した過失によって、津波による電源喪失で、水素ガス爆発などを引き起こして13人にけがを負わせ、原発近くの双葉病院などから避難を強いられた44人を死亡させた。

 【第二小法廷の判断】

 起訴内容は、同社役員だった被告らが、原発の原子炉の安全性に関し、防護措置などの適切な措置を講じるべき業務上の注意義務を怠ったというもので、原発に敷地の高さ(10メートル)を超える津波が襲来する現実的な可能性の認識があったことを前提とする。

 確かに、地震前の時点で、国の地震本部による長期評価などが公表されており、最大15・7メートルという津波水位の試算結果が得られていた。しかし、長期評価は、地震本部による信頼度の評価も低く、行政機関などからも全面的には取り入れられていなかったとみられる証拠が存在する。

 これらに照らすと、長期評価は原発に10メートルを超える津波が襲来するという現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報だったとは認められない。両被告がそうした現実的な可能性を認識していたとは認められないとした高裁判決の判断が合理性を欠くとはいえない。

 業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったと合理的な疑いを超えて認定することはできず、無罪とした地裁判決を是認した高裁判決に論理則、経験則に照らして不合理な点があるとはいえない。

 【草野耕一裁判官の補足意見】

 電気事業法は、事業用電気工作物が経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、国が設置者に適合するよう修理や改造、移転、使用の一時停止を命じ、使用を制限できるとしている。こうしたことなどを踏まえれば、同社が被告らの判断で防護措置を実施しなくても、自律的に防護措置の実施が開始される仕組みが法制度に組み込まれていたというべきだ。

 この仕組みを前提として考えると、被告らに課せられた喫緊の責務は、同社が原発の安全性にとって重要な情報を入手した場合には、速やかに国に報告し、上記の仕組みの下で防護措置が適時に実施されるようにすることだったのではないか。

 長期評価は、地震防災の公的専門機関である地震本部の研究成果を反映し、見過ごすことのできない重みがあったといえること▽同社は耐震安全性の評価を実施して、その結果を国に報告するよう求められていたこと▽試算された最大15・7メートルの津波高は、原発敷地に多大な影響を及ぼしうるとみられることに鑑みると、同社はこの試算を速やかに国に報告すべき義務を負っていた。

 だが同社は2年10カ月以上も報告を怠り、報告したのは津波襲来4日前だった。被告らが速やかに義務を履行していれば、国は試算が想定する津波への防護措置を命じ、津波の襲来時には原発の各原子炉は全て運転を停止しており、津波によって全電源を喪失しても結果を回避できた可能性があったと思われる。

 しかし、報告義務を怠ったことは起訴内容に含まれないことは明らかで、地裁・高裁がこの点を審理対象にしなかったことは違法とは言えない。

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