すぐに物をなくしてしまい、毎日多くの時間を「捜し物」についやす……。注意欠如多動症(ADHD)の人たちに多い困りごとを「バッグ」でサポートできないか――。そんな発想のもと、バッグメーカーとADHDの専門家が、ADHDの特性に悩む人たちに向けたバッグを開発した。当事者たちの声も参考に、物をなくしづらく、捜しやすい工夫がこらしてある。
きっかけは1通の手紙だった。
もともと、内部が2階建て構造で、側面が大きく開くリュックをつくっていたバッグメーカー「コーエイ」(本社・熊本市)に「発達障害の当事者」という利用者から感謝の手紙が届いた。そこには、物を取り出しやすく、視認しやすいつくりがとても役立っていて「障害のためにいつも無力感があったが、生活の快適さが向上した」とつづられていた。
手紙を受け取った社長の松下輝昭さん(44)は「バッグが、生活の質を変えるツールになるのかもしれない」とひらめいたという。
専門家3人とタッグ 当事者の声も反映
昨年の初めに、知り合いの臨床心理士・南和行さんに相談。その後、ADHDに特化した整理収納アドバイザーの西原三葉さんと、大人の発達障害を専門とする臨床心理士の中島美鈴さんも加わり、昨年9月、ADHDの困りごとを解決するバッグの開発プロジェクトがスタートした。
バッグづくりには、南さんが主宰する当事者会で上がった声や、ウェブアンケートに寄せられた、当事者ら約680人の声も生かした。
アンケートによると、バッグで困ることとして最も多かったのは「物が見つけにくい」こと。次いで、「仕切りがないと中の物が動く」「リュックは奥が深く、中身が見づらい」などがあがった。
バッグの中で行方不明になるもののダントツ1位は「家の鍵」。自由回答では、鍵などの小物をつなげられるひもや、仕切り、中身が見えるポケット、A4判の書類がきれいに入るスペース、などが欲しいとの要望も多かった。
ADHDの特性がある人たちの片付け支援を専門にする西原さんは「ADHDの特性があると、見えない物はないのと同じ。お片付けの現場でも、バッグがいつもぐちゃぐちゃパンパンで、中から液状化したおむすびが出てくる、などは日常茶飯事です」と話す。
中島さんによると、バッグがパンパンなのに、必要なものが入っていなくて、出かけてから取りに戻って遅刻をしたり、振込用紙などの重要書類がバッグの奥底に「迷宮入り」してしまったり……という困りごとも現実に起きているという。
南さんは「みなさん、解決できると思っていないから、相談にも上がってこなかったけれど、本当に困っている」。
中が見える内ポケット、リングやフックも
バッグの試作をかさね、当事者たちの困りごとにできるだけ応えた。内ポケットは透明に近いメッシュ素材にして中身が見えるようにし、どこに何をしまったのかがわかるようにポケットごとにシールを貼れるようにした。
リュックのすべての外ポケットには、リングやフックを内蔵し、カギなどの小物類を元の場所に戻しやすくする工夫もした。
内装の色は、明るい色みに。「いつも時間に追われている」ことを想定し、走ってもカバンがずれないように、胸の前にストッパーもつけた。
松下さんは「ひとことで発達障害といっても幅が広く、苦手なこともみんな違う。今回のバッグでは使いづらいという声もきっとあるので、今後も開発を続けていきたい」と話した。
バッグは「KABAG for ADHD」。大きさと素材がそれぞれ2種類あり、価格は1万6500~1万9800円(税込み)。詳細はブランドサイト(https://kabag.jp/pages/adhd)へ。
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4月12日には東京都内で、開発に協力した専門家3人が登壇するワークショップ「ADHDの困りごとをバッグで解決!~日常生活を『ちょっと楽にする』ヒントが見つかる一日~」も開かれる。入場無料、専用サイト(https://peatix.com/event/4347161/view)から事前申し込みが必要。