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ふすま絵の前に座る宮越恵美子さん=2024年9月17日午前11時5分、青森県中泊町、帆江勇撮影
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 大正ロマンが漂うステンドグラスで有名な青森県中泊町の宮越家にあるふすま絵が、大英博物館にある絵と一連の作品であることが分かった。専門家が「素晴らしい保存状態」と絶賛したふすま絵。そこには宮越家の現当主の母、恵美子さん(89)の存在があった。

 離れの「詩夢庵」にあるふすま絵「花鳥図」は春夏を描いたもので、専門家の調査で桃山時代末期から江戸時代初期の狩野派の絵師による作品だと分かった。さらに、イギリス・ロンドンの大英博物館が所蔵する「秋冬花鳥図」と一連の作品であることも確認された。

 400年前の作品が、1万キロ離れた津軽とイギリスにあったという大発見。時空を超えた急展開に、恵美子さんは「そのような本物がよくぞ残ってくれた」と感慨深く語る。

 恵美子さんは23歳で11代当主の靖夫さんと結婚。木造町(現つがる市)から宮越家にやって来た。9代の正治さんが建てた離れの「詩夢庵」は、建築から38年が過ぎていた。

 室内にあるステンドグラスやふすま絵は「偉い人の作品」と聞いていたが、義父に当たる10代当主の敬治さんは普段、離れに入ることを許さなかった。例外は年に4~5回行う、室内への風入れと掃除のときだった。

 「詩夢庵」には四つの部屋があるほか、化粧室、風呂場、物置などもあり広い。掃除の日には戸を開けて、朝5時から水拭き、空拭き、はたきがけなどを2日がかりで行った。大事な文化財を傷つけないよう、はたきがけには特に気をつかった。

 恵美子さんは、掃除で疲れてくたくたになると、ステンドグラスのある涼み座敷で横になって休んだという。「不思議と気持ちが落ち着いた」と振り返る。

 こうして何げなく続けてきた風入れと掃除が、結果的に貴重な文化財を守ることになった。ふすま絵の発見で町教育委員会が開いた9月17日の記者会見では、美術史の専門家が「冬の気候が厳しい津軽で、よくこれだけ良い状態で保存できたものだ」と賛辞を送った。

 恵美子さんは「離れがただの開かずの間だったら、カビがはえたり、木が腐ったりで、今のようには持たなかったかもしれない」と話す。今回の発見についても「ふすま絵が400年前のものと聞いて、本当にびっくりした」と喜ぶ。

 冬を前にした雪囲いの作業では、近所の人が板を運んで、離れの周囲に並べてくれたという。恵美子さんは、保存に地域の人たちの支えがあったことも忘れない。

 現12代当主の寛さん(65)は「母が宮越家に来たときは、農地改革でほとんどの田を失った時期だった」と明かす。家の再興のため米の集荷業などの仕事に追われる日々で、離れの文化財に目を向ける余裕はなかったという。

 寛さんは「でも、こうして母や地域の人が守ってくれ、一般公開にもつながった」と感謝の言葉を口にする。今、離れの掃除などの作業は、寛さんの妻の幸子さん(63)に引き継がれている。

 恵美子さんは改めて、「正治さんの審美眼はすごかったのだ」と思う。大英博物館との関係が分かったという話を聞いた時、感激して短歌を5首読んだ。そのうちの1首には、正治さんへの畏敬(いけい)の念を込めた。

 公開しステンドグラスや襖(ふすま)絵に思ひもよらぬ祖の素養知る(元朝日新聞記者・帆江勇)

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