「やっぱり人間として、なんとか救いたいじゃないですか」。そんな思いが広島大大学院医系科学研究科の弓削類名誉教授=広島市中区=を突き動かす。
子どもの頃、整形外科医だった父は教育熱心で厳しかった。その父が唯一ほめてくれたのが、科学展に出す夏休みの宿題。1年かけて取り組み、レントゲン機器をまねた装置などを自作すると、表彰もされた。
ものづくりが好きになり、広島大大学院を修了後は研究者の道に。2005年に母校の教授に就くと、再生医療の研究開発などをする大学発ベンチャー「スペース・バイオ・ラボラトリーズ」を創業した。
脳裏に浮かぶ、留学先で出会った人々
22年、ロシアがウクライナを侵攻した。多くの命が奪われたり傷つけられたりする現実に、いてもたってもいられなくなった。
頭をけがして歩行困難になったウクライナの人々は少なくない。そのリハビリのため、早稲田大と広島大で共同開発した歩行支援ロボット「RE―Gait(リゲイト)」を届ける取り組みを始めた。
リゲイトは患者の歩行状態に合わせたプログラムを組み、足首の動きを助け、ひとりで歩けるようにする装置。軽くて持ち運びやすいのが特徴だ。今年4月にはウクライナの医師を広島に招いてリゲイトの使用方法を教え、寄付金でまかなった2台を贈った。
脳裏にちらつくのは、30代の頃に留学先のカナダで知り合ったウクライナの移民たち。「泊まらせてもらったり食事をとらせてもらったり、ずいぶん助けてもらった。恩返しに何かできることはないかと思っていた」
2台のロボットは、ウクライナのリハビリ施設で戦争でけがした市民が使っているといい、さらに広く普及させて人助けにつなげたいと考えている。「命をとりとめた人たちに障害が残っても、回復して働けるような体にしたい」。平和な世界のために、私たち一人ひとりができることを。そんなメッセージを伝えたい。
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福岡県八女市出身。1999年に広島大大学院医学系研究科博士課程を修了。23年から広島大大学院医系科学研究科名誉教授に。ピアノが趣味で、弾きながら考え事をすることも。悩みやつらいことがあると、広島の平和記念公園を散歩する。