平民金子さん=本人提供

 陰影に富む情景描写はしれっと飛躍し、ウソかマコトか不明な話で読者をけむに巻く。文筆家・写真家の平民金子さんの、6年ぶり2冊目の単著となったエッセー集「幸あれ、知らんけど」(朝日新聞出版)。子育てという「無敵の期間」からの過渡期にあたる、詩情に満ちた日々の記録だ。

 全3章からなる本書の第1章には、2021年から朝日新聞の朝刊関西面と夕刊「考える」面で計3年間連載したコラム「神戸の、その向こう」を収録した。800~1200字ほどの紙面の枠に文章をはめ込む作業を、「歌を1曲仕上げるつもりでやっていた」と振り返る。

 幼い我が子と並んで見た景色が中心だが、いわゆる子育てエッセーではない。なじみの水族園が取り壊されることに悪態をつき、雨のプールに浮かびながらうどんの天かすを思う。死について考えたかと思えば突然「金がほしい」と言い出し、芥川龍之介まで飛んだ思考は再びメメント・モリへと帰り着く。

 「離陸して徐々に高度を上げるよりは突然どっか違うところに行ってるみたいな、夢かと思えば覚めるでもなくぷつっと切れるみたいなのが、自分の好み」。過去と未来、現実と虚構を瞬時に往還する文章は、散文でありつつ詩のようだ。

  • 神戸の、その向こう

 「大谷翔平選手が花オクラ素材のバットを愛用している」と書いた回は、担当記者と一部の読者を戸惑わせた。新聞とは基本、事実を書くもの。でも、たとえば児童文学なら空から豚が降るし、雲の鯨に乗って旅もできる。「もうちょっと文章は自由であっていい。ウソをつきっぱなしにしておくのは、大事なことやなと思ってます」

 書き下ろしの第2章では、連…

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