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シェアハウス生は寮母さんを親しみをこめて「キャサ」と呼ぶ=2024年6月19日午後11時18分、北海道旭川市、鈴木優香撮影
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 大一番の前の勝ち飯といえばトンカツ。同じシェアハウスに集った球児たちがこの夏、定番の験を担いで大会に臨んでいた。

 「キャサ、ただいまー」。北海道旭川市内のある一軒家に、元気な声が次々と飛び込んだ。

 昨夏、初めて北大会の決勝まで進んだ、旭川明成高校野球部のシェアハウス。1~3年生の7人が暮らす。

 キッチンには金髪の小柄な女性の姿があり、フライパン二つで黙々とトンカツを揚げている。その昔、野球部父母会でつけられた愛称「キャサリン」を今も名乗る。

 キャサリンは今年2月、長男の野球仲間で、旭川明成高校野球部の小島隼コーチから懇願された。新たに運営するシェアハウスで部員たちの食事の面倒を見てほしいという。

 キャサリンこと坂田さよ子さん(67)は帯広市内でカフェを営んでいたため、常連客の顔が浮かんだ。でも開店して今年で7年目。「同じサイクルの1年をまたこうやって過ごすなら、子どもたちと過ごすそんな1年があってもいいかな」

 野球部は、寮の定員数を超えた部員たちのために、下宿先を探していた。大量、かつ栄養満点のごはんを提供するという条件付き。「大事な生徒を預けるには、この人しかいなかった」(小島コーチ)。

 3月中旬、キャサリンは旭川にやってきた。市内の一軒家を野球部の寮として借り、食器や調理器具もそろえ、野球部員7人を迎え入れた。十勝地方出身の1~2年生や、3年生エースらの共同生活が始まった。

 ◇

 6月19日、部員たちの初戦前、キャサリンはトンカツを揚げていた。自身も3人の球児の母。大事な公式戦の前はきまってトンカツを食べさせた。「『カツを食べて試合に勝つ!』って言うでしょう?」

 球児向けに食事をつくるのは、十数年ぶり。

 サクサクのトンカツに、シェアハウスの庭で育てた野菜のサラダを並べた。脂っこいものを食べるとおなかを壊す選手もいる。衣をできるだけ薄く、軽やかに仕上げるのも、「キャサ流」だ。500グラム以上の山盛りごはんと一緒に完食した。

 「ほんっとめんこい」

 一緒に暮らす7人について尋ねると、こればかり。忘れんぼだったり、シャイだったり、はたまた年齢を疑うほど大人だったり――。7人もいれば、性格はそれぞれ。でも、みんな一度注意したらすぐに直してくれる素直な子たちだという。

 「比べると、うちの子たちにはなんて甘かったんだろう」と肩をすくめて、はにかんだ。

 気を遣うのが、メンバー発表の日だ。一人きりになるのを見計らい、その子だけに向けたエールを送った。

 キャサリンに、ひときわ感謝を示すのはエースの阿部侑也投手(3年)だ。以前は、JRで上川町から片道2時間近くかけて通った。練習後、すぐに帰っても睡眠時間が足りなかった。ここで暮らしてから、個人練習に打ち込む時間を増やせた。

 「母以外のごはんを食べる生活は初めて。キャサの食事は野菜とかの栄養バランスも考えられ、全部うまい。たくさん食べて力もついた」

 そろってトンカツを食べた数日後、チームは初戦を突破した。

 6月29日、16強入りをめざした地区代表決定戦で、春にコールド負けした旭川実と再戦した。阿部投手は五回途中から登板し、無失点に抑えた。終盤、唯一先発に選ばれた同級生が2本の本塁打を放って追い上げたが、3点及ばず涙をのんだ。

 シェアハウスの壁にはキャサリンが「打倒実業」の文字を掲げていた。

 「でもね。本当はそんなに勝ちにはこだわっていなかったんだ。そこまでの努力のプロセスを知っているから。負けちゃったけど、侑也もみんなもよく頑張りました」(鈴木優香)

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