お笑い評論家のラリー遠田さん

 フジテレビで新しい経営体制が発足し、かつての黄金期を支えた「楽しくなければテレビじゃない」との決別姿勢を鮮明にしています。いまや悪名高いキャッチコピーですが、絶大な支持を受けて社会に大きな影響を与えた時代があったのもまた事実です。その功罪について、お笑い評論家のラリー遠田さんに聞きました。

 ――フジにはどんな印象がありますか。

 「1980~90年代は本当に一人勝ちでしたね。私は79年生まれで、フジが駆け上がっていくのを同時代で見ていましたが、特別なテレビ局です。フジの原点にあるのはやはり『オレたちひょうきん族』(81~89年)でしょう。ライバルだったTBSの『8時だョ!全員集合』(69~85年)が作り込んだコントだったのに対し、ひょうきん族は芸人同士が即興のアドリブで笑いを取りに行く新しいスタイルで一世を風靡(ふうび)しました」

 ――なにが新しかったのでしょうか。

 「たとえば出演者が『この前、こういう女性と遊んでいただろう』と別の出演者の私生活を暴露し、言われた本人が慌てふためくのを見て笑う、といったやり方です。本来は黒衣であるはずのスタッフをカメラの前に引っ張り出すといった遊び心にもあふれていました」

 「こうしたひょうきん族の手法は、のちにさまざまなバラエティー番組で当たり前のように使われています。いまだにたくさんの番組がひょうきん族の応用をやっているわけです。今に至るまで非常に大きな影響を与えていて、フジが一人勝ちした時代を象徴する番組だと思います」

 ――かつてフジは文化の発信拠点というイメージも強かった気がします。

 「そうですね。文化や流行を自分たちで作っていくカッコよさがフジにはありました。『なるほど!ザ・ワールド』のような王道のクイズ番組やトレンディードラマなどがある一方で、『カノッサの屈辱』や『料理の鉄人』『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』などサブカルチャーも含めて全方位に目配りが利いていたのがフジのすごさだったと思います」

フジが果たした役割

 ――しかし当時のキャッチコピー「楽しくなければテレビじゃない」は、いまや戦犯のような扱いです。

 「いまの価値観でみるとたしかに違和感がありますよね。しかし当時は社会全体にそれを良しとする風潮があった。社会のひとつの側面がフジに映し出されていたと見ることができるはずなんですよね」

 ――社会のひとつの側面とは。

 「80年代にフジの番組で頭…

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