みなさん、こんにちは。今回はまず、ロシアの知人から最近聞かされた言葉をご紹介しましょう。
「ロシアでは最近、プーチン大統領は『不死身のコシチェイ』と呼ばれているんです」
「不死身のコシチェイ(カスチェイと書くことも。ロシア語ではКощей бессмертный)」は、東スラブの数多くの民話やおとぎ話に登場する悪役です。プーシキンが書いた物語詩「ルスランとリュドミラ」やストラビンスキーのバレエ「火の鳥」にも登場します。バレエについては、音楽之友社のサイトに面白いコラムがあります
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- ストラヴィンスキー《火の鳥》とロシア民話──魔王カスチェイって何者?
さて、プーチン氏のあだ名にもなり、ロシアで知らない人はないコシチェイとは、どんなキャラクターなのでしょうか。
様々な物語に登場するコシチェイですが、共通する特徴は、不思議な力を持つ痩せこけた老人であること、若い女性をさらうところ、ケチで強欲なところ。そして何よりも、その二つ名が示す通り不死身であることでしょう。
コシチェイを滅ぼす方法、「無理ゲー」の感
コシチェイは生と死のはざまの存在で、決して死ぬことがないとされています。ただ、そこには秘密があって、実はコシチェイを滅ぼす方法がある。さらわれた娘を助け出そうとする若者がそれを突き止めることが、物語の軸になることが多いようです。
その方法は、例えばこんな具合です。
絶海の孤島に生えている高いカシの木の上に宝箱がある。その中にウサギがいる。そのウサギの中にカモがいる。カモの中にたまごがある。そのたまごの中に隠されている針を折ると、さしものコシチェイも息絶えるというのです。
なかなかハードルが高く、ほとんど「無理ゲー」の感がありますね。
不死身のコシチェイについての詳しい説明は以下のサイトにあります。ロシア政府系のサイトですが、日本語です。
- ロシアのおとぎ話の一番の悪者、不死身のコシチェイとは何者なのか?
プーチン氏のどこがコシチェイをほうふつとさせるのでしょうか。
第1に、最近のプーチン氏は「老い」のイメージと結びつけられることが多いことが挙げられます。

以前、このニュースレターで紹介したプーチン氏のあだ名「隠れ家じいさん(Бункерный дед ブンケルヌイ・ジェド)」も「老い」のイメージを色濃く反映したものでした。このあだ名は、2020年、コロナを恐れたプーチン氏が人を遠ざけて、半ば引きこもりのような生活を送っていたことを揶揄(やゆ)してつけられました。
- プーチン氏にはやはり影武者がいる? 疑念抱いた「危険な現地視察」
人を避けて引きこもって悶々(もんもん)としているうちに発酵していった情念が戦争に結びついた面があったのではないでしょうか。
プーチン氏とコシチェイを結びつける第2のイメージは「冷徹さ」でしょう。
このあだ名を私に教えてくれた人物(念のためですが、この人はプーチン氏を支持しており、同時に早期停戦を望んでいるそうです)はプーチン氏について、次のように語りました。
「死者に思いを寄せることがない。多くの若者が亡くなっている、大変な悲劇なのに。私は毎日悲しくてどうしようもない思いをしているのに、彼は平然としている」
「SNSでつながっていた外国の友達も離れていってしまった。ロシアでは多くの家庭で、ウクライナに同情する人と戦争を支持する人の口論が絶えない。それが嫌だから会話が無くなってしまった家も多い」
「そもそも、これが特別軍事作戦だというのなら、長くても半年で終わっていなくてはいけない」
3点目は、なんと言っても「不死身」のイメージでしょう。
プーチン氏は5月に、大統領5期目に突入しました。憲法上はあと2期、36年まで続投が可能です。そのときプーチン氏は83歳。もしもバイデン米大統領が再選したら86歳まで大統領を務める計算ですから、プーチン氏にできないはずはない。少なくとも、本人はそう考えているでしょう。
プーチン氏による治世も戦争も、終わりが見えない。その重苦しい予感が、不死身のコシチェイという呼び名の背景になっているように思います。
プーチン氏が初めて語った条件
6年間の新たな任期を手にし…