寝たきりで会社を経営しながら、さまざまな挑戦をしてきた私は、この春、新たなチャレンジをする。ラジオだ。「また思いついたの?」と笑われることもある。でも、私にとって挑戦はいつだって「思いつき」なんかじゃない。それは心の中で隠れていた願いが、「形」になるのだ。

 ラジオ番組のタイトルは、『寝たきり社長のおはようエール』。日曜の朝、15分間の短い番組だけれど、私のこれまでと、今、そしてこれからが詰まっている。

  • コラム「寝たきり社長の突破力」

 私は、生まれつき脊髄(せきずい)性筋萎縮症(SMA)という進行性の難病を抱えている。筋力は年々失われ、今ではわずかな指先しか動かせない。夜は人工呼吸器をつけて眠り、話すことにも体力が必要だ。話すのも人より体力が要るが、言葉を選んで、ひとつひとつ届けていく。それでも「声で伝えたい」と思うのは、言葉が誰かの背中をそっと押す力になることを、私は知っているからだ。

ラジオの収録をする佐藤仙務さん=本人提供

 子どもの頃、体調を崩して長く寝ていた時期がある。入院もよくしていた。元気な日はテレビやゲームで気を紛らわせたが、具合が悪いと、画面を見るのもしんどくなった。目を閉じて過ごす時間。そんなとき、そばにあったのがラジオだった。

 誰かが語りかけてくれる声が、ただそこにあるだけで、ひとりじゃない気がした。映像がないぶん、想像できる余白がある。ラジオは、静かで優しく、そっと寄り添ってくれる存在だった。

 だから今度は、自分が「声を届ける側」になろうと思った。番組では、日々の気づきや想(おも)いを語るだけでなく、リスナーから寄せられたお悩みにも応えていく。

 「仕事がつらい」「家族とうまく話せない」「誰にも言えない不安がある」――。

 そんな声に、正解を出すのではなく、静かに耳を傾け、「一緒に考えてみよう」と寄り添う時間をつくっていきたい。

声を失ったことがあるから

 2016年、私は気管切開の手術を受けた。医師から「声を失う可能性がある」と告げられ、実際、術後は全く声が出なくなった。覚悟していたつもりだったが、話せない毎日は想像以上に苦しく、自分の存在が薄れていくような感覚があった。私にとって、声を失うというのは、社会との接点を失うことに他ならなかった。思いを伝えられず、助けを求めることすらできない日々。そんな中で、私の心に死の影がちらついた。

 「このまま話せないままなら、生きている意味があるのだろうか」と、何度も自問した。しかし、ある医師が「声を取り戻せる可能性はゼロじゃない」と言ってくれた。その言葉にすがりつくようにリハビリに励み、医師が探してくれた新しいカニューレ(気管に挿入する管)を試してみることになった。すぐに成果が出たわけではなかったが、少しずつ、かすかな声が戻り始めた。そしてついに、自分の声で再び話すことができるようになった。

 その時、医療スタッフは口をそろえて「奇跡」と言った。私にとって声は、ただの音ではない。生きている証しであり、社会とのつながりを保つための大切な「手段」なのだ。

ラジオの収録風景。初めての収録は緊張した=佐藤仙務さん提供

 昨年末には、愛知県からLOVEあいちサポーターズ「あいち広報大使」にも任命された。ありがたいことに、地元での活動にも注目が集まり始めている。その分、「声を使って伝える責任」も強く感じている。

 『寝たきり社長のおはようエール』は、情報を届ける番組ではない。日曜の朝に、寝たきりの私があなたにそっとエールを送る番組だ。

 あなたの朝に、この声がそっと届いたら。それだけで、私はうれしい。

    ◇

 『寝たきり社長のおはようエール』は、FM AICHIで毎週日曜の朝6時45分~7時。アシスタントはラジオパーソナリティーの吉川朋江さん。初回の放送は、4月6日(日)。全国どこからでも、スマホ・パソコンのアプリ「radiko」などで聴ける。放送後は音声配信サービス「AuDee」でもアーカイブ配信される。

<佐藤仙務(さとう・ひさむ)>

 1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力する。著書に「寝たきり社長の上を向いて」(風媒社)など。

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