夕暮れ時、大阪・関西万博の大屋根リングではユスリカと思われる虫が大量に飛んでいた=2025年6月7日午後7時20分、大阪市此花区、恒成利幸撮影

寄稿 瀬戸口明久・京都大学教授〈科学史・環境史〉

大阪・関西万博の会場に現れたユスリカの大群は、「自然」との共生を夢見る人間に何を突きつけるのか。湾岸工業都市としての大阪の環境史をひもときながら、識者が考えます。

 五月下旬、大阪・関西万博の会場でユスリカが大発生していることが話題になった。大阪府はアース製薬に協力を要請し、殺虫剤などの提供を受けた。このような事態を招いてしまった開発の是非、「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマの万博で殺虫剤を散布することへの賛否については、ここでは問わない。むしろ以下で考えたいのは、都市という巨大な生態系が見せる、ときに人間の意図を越えた振る舞いである。

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 一九二〇年七月一日、「蝿取(はえとり)デー」の旗を掲げた自動車が大阪市内を走り回り、市民にハエの駆除を呼びかけた。大阪府衛生会が組織した自動車宣伝隊である。翌日の『大阪朝日新聞』には、次のような広告が掲載された。「コレラの媒介者「蝿」を駆除せよ! 全市一斉に蝿をとれ!」。その夏、大阪では久しぶりにコレラが流行しつつあった。便所やごみ箱から発生するハエは、コレラや腸チフスなどの感染症を伝染させると考えられたのである。

 大阪市民はこの呼びかけによ…

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