見た目が違う双子や三毛猫、iPS細胞にも深くかかわる「エピジェネティクス」という分野の研究が広がっている。従来の生命観が揺らぐかもしれない結果も報告され、新たな議論も始まりつつある。

和歌山電鉄・貴志駅の駅長を務めたメスの三毛猫「たま」=2008年

 序章の「プロローグ」に対して終章を「エピローグ」と呼ぶように、「エピ」には「後」といった意味がある。ジェネティクスは遺伝学。エピジェネティクスは「後成遺伝学」などと訳される。遺伝子の本体とされるDNAの変化を伴わずに遺伝子機能などが変わっていく現象を探る学問、といった意味がある。

 たとえとしてよく用いられるのは、音楽だ。

DNA情報もとに、命をつむぐ

 DNAはA、T、C、Gの4種類の文字情報で表され、これは音楽でいえば楽譜に書き込まれた音符に相当する。

 音符の並びがまったく同じでも、演奏会場や楽器、指揮者や奏者の質などによって曲は大きく変化し、世界でたった一つの「生きた音楽」になる。

DNAという遺伝子情報をもとに、たった一つの生命活動がどのようにつむぎ出されているのかを探るのがエピジェネティクスだ。関係する情報の集まりを「エピゲノム」と呼ぶ。

 一卵性の双子がもつDNAは同一なのに、見た目や性格は必ずしも同じではない。それは、遺伝子をオン・オフさせるスイッチの状況が個人ごとに違うのが理由の一つだ。

体の場所によって黒や茶色、そのわけは

 三毛猫の毛の模様も、遺伝子スイッチと関係している。

 メスは、性別にかかわるX染色体を2本もっていて、三毛猫ではそれぞれ1本ずつに、黒い毛と茶色い毛をつくる別の型の遺伝子が乗っている。

 この2本のX染色体のうち、いずれか1本が場所ごとにランダムに働きを止める「不活化」という現象が起きる。

 X染色体に乗った遺伝子が過剰に働くのを避けるのが目的とされている。DNAそのものを変化させずに働きを制御するエピジェネティクスの一例だ。

 これによって、毛の色は部位によって黒だったり、茶色だったりする。オスがもつX染色体は通常1本だけなので、三毛猫は基本的にメスにしか見られない。

 脳や心臓など、さまざまな臓器の細胞ができるのは、受精卵を出発点に遺伝子スイッチのオンとオフが重なり、さまざまな機能をもつ個々の細胞に分化しているからだ。そのスイッチを初期の状態に戻し、あらゆる細胞に分化し直せるようにしたのがiPS細胞だ。

ヒトiPS細胞の集合体=京都大の山中伸弥教授提供

 遺伝子のスイッチの一つに、DNAの「メチル化」という現象がある。

 DNAの配列が「CG……」と連なるとき、Cにメチル基という化学構造がくっつくことだ。老化が進むにつれ、特定部位のメチル化の状態が変化していくことがこれまでに分かっている。

100歳超える長寿者、エピゲノムは若い

 この特徴を利用した「エピゲノム年齢」を測定するキットを、岩手医科大発のベンチャー企業が10月中にも発売する。

 慶応大などとの共同研究の成…

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