77人が亡くなった広島土砂災害から20日で11年。犠牲者の中に、広島市の玄関口・JR広島駅への路面電車乗り入れ計画をまとめた市職員がいた。遺志は後輩らに引き継がれ今夏に開業した。
今月2日に広島電鉄の新路線「駅前大橋ルート」の開業式があり、路面電車による全国唯一の高架での駅ビル乗り入れが始まった。式に出た戸田祐二副市長(60)は「竹内さんも乗りたかっただろうな」としみじみ語った。
11年前の8月20日未明、線状降水帯による集中豪雨で、広島市北部の安佐北区、安佐南区を中心に土石流や崖崩れが発生。住宅被害は4749棟にのぼり、災害関連死を含め77人が死亡した。市の都市交通部長だった竹内重喜さん(当時54)も、自宅が土砂にのみ込まれ、1階にいた母親(同80)とともに犠牲になった。
竹内さんは当時、路面電車の駅ビル乗り入れの基本方針をとりまとめる立場だった。市中心部に向かう路面電車の乗客の乗り換えをスムーズにし、街の活性化につなげる計画だったが、駅近くの停留所の廃止を伴うため、住民の反発があった。竹内さんらは広電と交渉し、廃止される停留所を減らした。土砂災害が起きたのは、基本方針発表の13日前だった。
当時、竹内さんの部下だった戸田さんは連絡を受け、すぐに警察署に駆けつけた。亡くなった竹内さんと会い、「道半ばで悔しかったはず。乗り入れは必ず実現させる」と誓った。
今年のお盆、戸田さんらは竹内さんの墓前で、新路線の開業を報告した。戸田さんはいま、副市長として街づくりに加え、防災行政を担当している。
「利便性の向上は、安全な暮らしがあってこそ。その気持ちを忘れず、街づくりに取り組む」。あの日から11年たった20日、あらためて胸に刻んだ。