- 【プロローグ】有名企業、友好関係の取引先、見知らぬ外資……突然、買収者が現れる
「買収」の二文字が頭をよぎり始めたのは、昨秋のことだった。労働時間の規制強化でトラック運転手が不足する「2024年問題」を目前に控えていた。
アマゾンジャパンの小口配送を手がける中堅物流の「AZ―COM丸和ホールディングス(HD)」。桃太郎便のサービス名で知られる同社で、取締役を務める藤田勉(72)は判断を迫られていた。
意中の相手から統合協議が一方的に打ち切られてしまったからだ。それは同業の「C&FロジHD」。冷凍・冷蔵食品の物流に強く、自前の運転手約4千人を抱える。
2年前、当時トップ同士が友好関係を築いたのを機にAZ―COMがC&Fに経営統合を提案。約1年間協議は続いたが、昨秋、C&Fが中止を通告してきたのだった。統合協議の中心に藤田はいた。
AZ―COMがトラック1台で創業した経営者が育てあげたオーナー系企業なのに対し、これまで農林中央金庫が大株主で、社長も同金庫出身のC&Fは堅実な企業風土で知られる。両社の肌合いの違いを指摘する声もある。
「一緒になったときのシナジー(相乗効果)について、もっと話し合いたかった」
そう悔いた藤田だったが、次の策のヒントが、経済産業省が昨年8月に公表した「企業買収における行動指針」に盛り込まれていた。
「敵対的買収」に事実上の「お墨つき」
この指針は取締役会の同意がなくても「真摯(しんし)な買収提案は真摯に検討する」ように企業に求めた。これまでタブー視された「敵対的買収」に事実上の「お墨つき」を与える大転換の内容だった。
指針をまとめた経産省の研究会で、座長を務めた東大名誉教授の神田秀樹は「買収提案の賛否をめぐり経営者と買収者のどちらが正しいのか。株主の判断を仰ぐため十分な説明をしてもらうのがねらいだ」と説明する。
「同意なき買収」の名称は英語の「アンソリシテッド・オファー」からとられ、「招かれざる提案」「一方的な提案」という意味がある。神田はそのうえで「高度成長期は新たなビジネスをする必要はなかったが、今は違う事業や分野に進出するのならば実績がある会社を買う方が早い。提案を受け入れるかどうかは、最終的には株主が決めるべきだ」と話す。
「株主に問いたい」、TOBを宣言
C&Fの株主に問いたい――。藤田もそう考えた。AZ―COMは今年3月、上場会社の買収に必要な株式公開買い付け(TOB)を5月に始めると宣言した。買い付け価格は1株あたり3000円。当時のC&Fの株価に約1000円を上乗せした。
「適正価格ゾーンの最高額」ぎりぎりの価格を提示したつもりだった。
AZ―COMの財務アドバイ…