階段を上ってグラウンドに向かう常葉大菊川の部員たち=2025年6月12日午後3時40分、静岡県菊川市、斉藤智子撮影

 小高い丘の上にある常葉大菊川のグラウンドに、野球部員たちが向かう。踏みしめる階段は96段。投手の山本虎輝さん(3年)は階段の下で気持ちを入れ替える。「さあ、行くぞ」。スイッチを入れる。

 階段は、数えきれないほど上り下りを繰り返したトレーニングの場だ。昨冬からは、もっと大きな意味を持つようになった。

 野球を始めた小学生のころから務めてきた捕手のポジションを断念し、投手への転向を決めた。ベンチ入りはできても正捕手の座はつかめなかったからだ。石岡諒哉監督(36)と話し合い、強肩を生かし投手で試合に出る道を選んだ。

 中学でも高校でも、チームの事情でマウンドに立った経験はあった。昨秋の公式戦11試合で登板したのは6人。右腕が2人、左腕が4人。右投げの自分にもチャンスがあるはずだ。捕手の気持ちがわかるのも強みになると考えた。

 だが、他の投手陣に比べたら経験不足は否めない。生半可な気持ちで練習に臨んでいてはライバルには追いつけない。「自分が真っ先に行動して、他のピッチャーがついてくるぐらいにならないと」

 グラウンドに向かう階段から練習が始まる。そんな気持ちになった冬場の投げ込みで、球速は137キロまで伸びた。

 選抜は初戦でサヨナラ負けだった。背番号12で登録メンバー入りして甲子園の土は踏むことはできたが、山本さんに登板機会はなく、ピンチでマウンドを任されることもなかった。迎えた春の県大会、2回戦で公式戦に初登板した。球速は目標の140キロを超えた。

 そして、最後の夏を迎える。

 「甲子園に行く。大舞台で自分が投げられるように」。そう誓って上る階段は、歴代部員の心にも深く刻まれる場所だ。

 常葉大菊川の卒業生でもある石岡監督は「エスカレーターにならないかな、とすら思っていた」と、苦笑いしながら高校時代を振り返る。

 最終学年として2006年秋に動き出した新チームで、みんなが階段を走って上ると決めた。甲子園に行くには、勝ちあがるには。1分1秒でも早く練習を始めるには何ができるか――。話し合って決めた。

 結果はついてきた。07年春の選抜で優勝し、夏の選手権は全国4強に進んだ。「小さなことだけど、毎日上る階段をどう上るかによって、人は変わってくるんじゃないか」

 思いは、受け継がれている。

 主将の橘木千空さん(3年)は、授業が終わって、校舎を出ると走り出す。階段の下に立つと、「今日もやるぞ」と再確認する。

 オフシーズンでは、階段を10往復するトレーニングもある。96段の全力疾走だ。ダッシュを繰り返すうち、足が鉛のように重くなる。息が上がり、誰も声が出なくなる。だが、本数が残り少なくなると「もう少しだ!」という声が飛び交う。

 選抜で初戦敗退した悔しさは、夏への思いをいっそう強くした。「もう1回、甲子園をめざす」。出場できれば春夏連続、夏は7年ぶりだ。まずは初戦、13日に静清と池新田の勝者と対戦する。

階段を上ってグラウンドに向かう常葉大菊川の部員たち=2025年6月12日午後3時40分、静岡県菊川市、斉藤智子撮影

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