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 子どもの頃、学校で「夏休みの一日の過ごし方」を計画した経験は誰しもあるでしょう。あの通りに生活できる人っているのでしょうか。

 私は全く無理でした。

 今回は、「達成できる計画」を立てるコツを考えてみましょう。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 注意欠如多動症(ADHD)の主婦リョウさんもまた、計画通りにいかない人です。

 この夏休みには、早起きして娘と一緒に、近くの公民館で行われているラジオ体操に参加する予定でした。運動習慣を手に入れて、この夏こそはダイエット、と思っていたのです。

 また、大掃除を夏にやってしまいたいとも思っていました。長い夏休みなので、どこか空いた時間に取り組めると信じていました。

 特に、一度も掃除したことがない換気扇フードが課題でした。自分にできるのか謎でしたが、知り合いに尋ねてみると「簡単だよ。すっきりするよ」と言っていたので、なんとかなるかなと思っていました。

 なのに、気づけばもうお盆になってしまったのです。

 「あーあ、私には計画通りに実行するなんて無理なんだ」

 リョウさんはがっかりしています。

 こうした計画倒れ現象は、なぜ起きるのでしょう。

知らず知らずに陥る4つの傾向

 行動経済学の分野では、その理由がいくつかわかっています。なぜ起きるのかをまず知れば、対策も立てやすくなりますよ。

 ちなみに行動経済学は、経済学に心理学の知見を取り入れた比較的新しい学問領域で、人間の意思決定に関する学問です。

 人は「1日をこんなふうに過ごせたらいいな」「1カ月がこんな計画で進むといいな」と思う時に、知らず知らずのうちに以下の四つに陥る傾向にあります。ADHDの方では、これはさらに顕著に見られます。

 ①「計画の誤謬(ごびゅう)」

 計画は、所要時間や予算を甘く見積もるために失敗すると言われています。中でも時間の見積もりの甘さは、ADHDの方に顕著に見られる傾向ですので注意が必要ですね。

 リョウさんの場合、ラジオ体操に行くためには何時に起きて、参加した場合何時に自宅に戻れるのか、それから朝ごはんの準備はどうするのかなど、まるで決めていませんでした。

 ②「楽観バイアス」

 「たぶん大丈夫でしょう」「まあなんとかなるでしょう」という楽観的な見通しをもつことで、物事がスムーズにいき、自分は平均よりもうまくやれるだろうと思いがちな傾向のことです。

 ADHDの方は立ち止まって深く考えるのが苦手なため、「大丈夫、大丈夫」とリスクを見て見ぬふりして、過度の楽観をするとされています。

 リョウさんの場合、「ラジオ体操は小さい頃通っていたし、経験済みのことだからきっと大丈夫」「換気扇フードの掃除は、知り合いが簡単っていってたからたぶん大丈夫」と楽観しすぎていました。

 ③「解釈レベル理論」

 人は、10分後のことなら「じゃあ駅前のカフェにいてね。なるべく奥の方の席で。15時にちょっと間に合わないかもしれないけど、待っててね」と現実的に細かく具体的に考えますが、10日後のことになると「だいたい昼頃から渋谷近辺で会おうか」と抽象的になります。別に10日後のことでも、いったん決めておいてもいいはずなんですけどね。

 夏休みの計画立ても、どこかおおざっぱになっていなかったでしょうか。「どうにかなるでしょう」という楽観バイアスも関係しそうです。

 リョウさんは、「長い夏休みだからそのうちいつかできる」と思って、具体的な日にちを設定していませんでした。

 ④「双曲割引モデル」

 今やってすぐに結果の出ることと、結果の出るまでに時間のかかることですと、誰しも前者を好みます。「まあ、今日は計画通りにせずにサボっても、まだ夏休みは長いし、どうにかなるさ」と思いたくなるのは、まさにこの現象です。

 「別に今頑張って細部まで計画しなくても、どうにかなるでしょう」と、具体的に決めたがらないのかもしれません。

 楽観バイアスと解釈レベル理論と双曲割引モデルが強いことがミックスされて、こうなっているわけです。

 リョウさんにとって、ラジオ体操も換気扇の掃除も、したからといって別に誰も褒めてくれないし、しなくても特に困らないことでした。行動の結果として得られる価値や満足感(報酬)がすぐに感じられにくい課題、というわけです。ADHDの方では、報酬が遅延することで、得られる価値を低く見積もる傾向があることがわかっています。

写真・図版
なぜ計画倒れ現象が起きるかを知って、対策を立てよう=イラスト・中島美鈴

 こうしてみてくると、長期にわたる計画を立てることがいかに難しいかわかりますね。

 私たちにできることは、こうしたバイアスに気づいて、補正する努力をすることでしょう。それぞれを意識して、計画を補正してみましょう。

あえて悲観的に予測、最初から細部まで

 ①「計画の誤謬」

 自分の予測を当てにせず、少しだけ試しにやってみて、実際の所要時間(タイムログ)に基づいて計画を立てる。

 リョウさんは、ラジオ体操会場までの行き帰りの時間、体操にかかる時間を割り出して、いつもの自分が何分で身支度や朝ごはん作りを完了できるか、タイムログをとってみました。

 その結果、朝5時30分に起床すればなんとか間に合うことがわかりました。「うーん、これはきついな。ラジオ体操以外の運動にしよっかな」

 このように計画が実態に合わないと数字で具体的にわかれば、挫折ではなく「計画変更」できますね。

 換気扇フードの掃除も、知り合いにだいたいの所要時間を聞いてみました。「つけおき時間を合わせて2時間」だそうです。「思ったより短くてよかった。2時間なら確保できそう」と安心したリョウさんです。

 初めて行う作業って、いつ解放されるかわからないといううんざり感があるからこそ、先延ばししたくなるのですよね。2時間とわかれば、我慢できそうです。

 ②「楽観バイアス」

 計画段階では、あえて悲観的に予測してみましょう。

 リョウさんはいつも「なんとかなるさ」と言いながら明るく生きてきましたが、その後「ああ、やっぱりできなかった」と自分のだらしなさのせいにして、自責します。

 でも今回は、「いつもそうやって自分はやらないじゃないか。換気扇フードの掃除を直前に取りやめるに決まっている。これは家族みんなを巻き込んで計画しないと!」。そう決意して、夫と娘と掃除の日を決めて、午前中に換気扇の掃除が完了したら、ランチに焼き肉に行こうと決めました。

 ③「解釈レベル理論」

 具体的計画は、今でも立てられます。所要時間などの予測精度を上げるためにも、未来の計画も最初から細部まで立ててしまいましょう。

 リョウさんの場合、ラジオ体操も換気扇フードの掃除も、当初は実際にそれを行っている自分の姿が映像として浮かばず、どのようにして実現するのか具体的に決まっていませんでしたね。ラジオ体操の計画はやめましたが、換気扇フードの掃除手順については、知り合いが詳しく教えてくれたのでとても助かりました。

 ④「双曲割引モデル」

 世の中コツコツ早めに取り組めない人が、大多数です。なぜなら、すぐに終わらなさそうに見える膨大なタスクなので腰が重いからです。人はすぐに得られる価値や満足感(報酬)の方が、遅れてもらう報酬より大きく感じます。

 長期計画を、あえて3日間単位などに区切り(マイルストーンを設けて)、こなしていきましょう。

 リョウさんの場合、換気扇フードの掃除に何時間もかかるかもしれないと恐れていたとき(報酬が得られるのが遅れる可能性が高い状況)よりも、知り合いに正確に「2時間」とかかる時間を教えてもらったときの方が、どれくらいの時間で報酬が得られるかがはっきりしているので、掃除にもとりかかりやすくなっています。

 こうしてリョウさんは、夏の間に換気扇の掃除に取り組めて、満足できました。

 この夏はまだ終わっていません。みなさまも何か達成してみませんか?

    ◇

このコラムの著者がダラダラ習慣のやめ方に関する本を書いています。

「脱ダラダラ習慣! 1日3分やめるノート」(中島美鈴著、すばる舎)

https://www.subarusya.jp/book/b617440.html

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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