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埼玉県南部で自警団に捕らえられた遠武勇熊さんが連行され、その後解放された旧本庄署の建物。現在は別の場所に移転している=2024年8月22日、埼玉県本庄市、佐藤純撮影
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 1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災の直後、秋田県の旧横手町(現在の横手市)にあった横荘(おうしょう)鉄道の技師長、遠武(とおたけ)勇熊(ゆうくま)さん(当時50)は、埼玉で騒動に巻き込まれた。

 埼玉県の教員らが70~80年代にまとめた「かくされていた歴史」によると、地震後に遠武さんは家族がいる東京へ列車で向かったものの、9月3日朝、荒川の鉄橋が損壊していて川口から先に進めなくなり、歩いて東京に入ろうとした。ところが、現在の戸田市付近で自警団に捕らえられた。朝鮮人か、震災に乗じて何かを企てている不審人物と疑われたらしく、暴行され、所持品や現金を奪われたという。

 その後、蕨町(同蕨市)から50人ほどの朝鮮人らとともに北に向かって夜通し歩かされた。途中から自動車に乗せられ、4日昼ごろに本庄署に着いた。連行中も繰り返し脅されたり、乱暴されたりした。署で警察官に事情を説明し、ようやく解放された。現金は返してもらえなかったという。

関東大震災101年㊦ 襲われた日本人

 「人を愛し、人にも愛された。すべての人に対し常に誠実であった」。記事後半では、死去の際にそんな言葉を友人から贈られた遠武さんの半生を紹介します。

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