神戸地裁=神戸市中央区

 刑事裁判では時に、被告の配偶者が証人出廷する。反省を促したり、社会復帰後のサポートを誓ったり。「家族の絆」が減刑につながることもある。

 だが、この裁判は違った。法廷で飛び交ったのは「夫妻の憎悪」だった。

 被告は、当時2歳の息子への殺人未遂罪に問われた母親(当時30)。7月の神戸地裁判決の概要はこうだ。

 息子を道連れに心中しようと兵庫県伊丹市のホームセンターで炭を購入。乗用車内で火をつけた。しかし白目をむく息子を見て我に返り、車を飛び出した。2人とも一命を取り留めた。

 被告は事実関係を争わず、無理心中を図った動機が焦点の一つとなった。

 妊娠を機に仕事を辞め、家事や育児を担った被告。夫の仕事や育児をめぐってけんかが増え、事件の数カ月前からは、夫の髪を引っ張ったり、腹を殴ったりするように。夫の浮気を疑っていたことも、けんかの一因だった。

 事件前日のけんかで、夫は言った。「お前は足かせ」「お前と結婚したのが間違い」「死ね」

 そして当日。被告は、夫妻の似顔絵が捨てられているのを見つける。前日の「死ね」がよみがえり、息子を連れホームセンターへ車を走らせた――。

 被告の言葉の中で、印象的なものがあった。裁判官が、事件に息子を巻き込んだことを踏まえ、夫への気持ちを問うた時だ。「息子の父親としての旦那には、子どもを犠牲にしたことを謝りはする」。そしてこう続けた。「けど、謝られたいです」

 被告人質問で「旦那が家族をないがしろにすることが苦しかった」と振り返った被告。一方で夫も証人尋問で「絶対に許さない」と語気を強めた。

 判決は執行猶予付きの有罪判決だった。犯行は自己中心的としつつも、「経緯や動機には相当程度、酌むべき事情がある」と判断された。さらに、事件の経緯をめぐり夫と証言が食い違う部分については、主に被告側の主張を認定した。

 法廷では夫妻とも、離婚や親権を主張しあう場面もあった。刑事裁判では離婚や親権の結論は下さない。いまは夫の両親が息子を育てているという。

 不仲に巻き込まれ、殺害されかけた息子は今後どう生きていくのか。ののしり合うような裁判を傍聴しながら、息子の人生が軽んじられている気がして、胸が締め付けられた。

 ねもと・かい 2023年入社。春に広島から人生初の転勤で神戸へ。事件や裁判の取材を通じて、どうしたら社会が良くなるか、考えたい。

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