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 パリ・オートクチュール(高級注文服)ファッションウィークの公式スケジュール3日目となる9日は、人気ブランドのメゾン・マルジェラがショーを開催した。1月にクリエーティブディレクターに就任したグレン・マーティンスのデビューショーとして、世界的に注目された。

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メゾン・マルジェラの25年秋冬オートクチュールコレクション

ユイマ・ナカザト

 この日は、日本から唯一公式参加しているユイマ・ナカザトもショーを開催した。会場はプレタポルテ(高級既製服)のメンズやレディースの期間中にも会場としてよく使われる美術館パレ・ド・トーキョー。

 ランウェーには白い生地を布団のようにかけられた人が横たわり、デザイナーの中里がその上に墨汁を垂らしながら「何か」を描くインスタレーションが展開された。

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ユイマ・ナカザトの25年秋冬オートクチュールコレクション

 登場した新作は人間の手を大きくプリントしたロングドレスや、鎖かたびらのようなオフショルダーのドレスなど。会場で横になっていたのはコンテンポラリーダンサーで、終盤には立ち上がって踊り出した。

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ユイマ・ナカザトの25年秋冬オートクチュールコレクション

ヴィクター&ロルフ

 夕方にはヴィクター&ロルフのショー会場へ。16時の開始予定時刻よりも少し前に到着すると、私の席の周辺で「座る場所がない」とスタッフを問い詰める来場客が複数いた。背後に座っていたベテランジャーナリストは「このブランドでは、いつものこと」と言う。つまり、ショーをすっぽかす人が一定数いるだろうと想定してブランド側が多めに客をブッキングしているということのようだ。「だからここのショーは、早く来ないと大変」。勉強になりました。

 ショーは非常にコンセプチュアルで、見どころが多かった。ランウェーに二つのルックを同時に出す演出で、一つは奇抜で大ぶり。もう一つは、やや抑えめでシックな装い。互いに同じ生地を使っていたり、シルエットが似ていたりと対になっている。どちらも凝った構造で職人技術も駆使されていることが分かり、かつ美しい。このブランドは若者たちにも眼鏡や香水が人気で、実際に見る前は「そうした比較的安く、手が届きやすい商品に付加価値をつけるためにオートクチュールでショーをするのではないか」とも思っていたのだが、ショーを見ると、クチュールブランドとして正統派であり、とてもモードでもあり、そうした考えを抱いていた自分を心から恥じた。

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ヴィクター&ロルフの25年秋冬オートクチュールコレクション
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ヴィクター&ロルフの25年秋冬オートクチュールコレクション
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ヴィクター&ロルフの25年秋冬オートクチュールコレクション

メゾン・マルジェラ

 夜になると、今回のオートクチュールファッションウィークのメインの一つともいえるメゾン・マルジェラのショー会場へ。マルジェラはメンズ、レディース、エムエム6メゾンマルジェラなど様々なカテゴリーや解釈で複数のラインを展開しているが、クチュールラインは「アーティザナル」と称され、その最高峰だ。

 そして、これら全てのラインを通して、今回のクチュールがグレン・マーティンスの「マルジェラでの」デビューショーとなる。彼はこれまでも同じファッショングループのディーゼルのデザインを手がけ、成功を収めてきた。今回のマルジェラでのクリエーティブディレクター就任にあたってもディーゼルでの仕事は継続するという。

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メゾン・マルジェラの25年秋冬オートクチュールコレクション

 定番の服を解体して再構築する。古着や、どこにでもあるものを素材としながら、唯一の服に仕立てる。作り手としては「匿名性」を重視して、ブランドタグは無地の白か番号が記されているだけ。モデルは顔を覆ったり、目線を隠したりするなどして登場し、デザイナーが配布する資料は一人称単数形の「私」ではなく、複数形の「私たち」が主語となっている。

 1988年にマルタン・マルジェラが創設したブランドの服づくりには、こうした独特のコードがある。そのもとで作り出された服の数々は、ファッショニスタから熱烈に支持されてきた。

 2008年にマルタンが引退し、14年に人気デザイナーのジョン・ガリアーノがクリエーティブディレクターに就任すると、テーラードをメインに据えたり、それまで定番だった足袋の形をしたブーツを様々なバージョンで展開したり、バッグに力を入れたりと、商業的に大成功を収めた。

 私自身、長年好きなブランドということもあって前置きが長くなったが、ここからが本題だ。様々な面で「重いバトン」を受けた3代目、マーティンスによるマルジェラ初ショーは、非常に見応えのある仕上がりだった。

 会場の床の木目や、壁紙はプリントされた紙が貼り付けられたもの。冒頭のポリ塩化ビニル(PVC)との重ね着、ペンキで塗装された服、レザーのジャケットに壁紙のような素材を貼る、のみの市や街のアクセサリー屋さんなどで調達したであろうイミテーションの宝石を服に縫い付ける……。こうした手法は、まさに創業者マルタンが好んだものだ。

 一方で、テーラードのジャケットや、職人技を要する刺繡(ししゅう)などは、前任者のガリアーノが得意としたもの。新生マルジェラは、マルタン本人と2代目・ガリアーノそれぞれの遺産を継承している。

 またショーでは全てのモデルがマスクを着用していた。マーティンスの自我を感じたのは、オーバーサイズのレザージャケットの右肩部分に「D」のマークを見つけた時だった。

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ジャケットの右肩部分に「ディーゼル」のロゴマークがあった

 「後藤さん、今のあれ、見ました?」。ショーのさなかに声をかけてきたのは、隣に座っていた俳優・モデルの秋元梢さん。メンズ、レディースを問わず自費で長年パリのファッションウィークに通っており、様々なブランドでショーを見続ける唯一の日本からの芸能人。ファッションジャーナリスト顔負けの知識の蓄積がある。「ええ、もちろん」、と私も返した。「D」のロゴマークは、マーティンスがこれまでも手がけるディーゼルのもの。別素材が貼り付けられており見づらかったが、目を凝らせば確実に分かる。そして、ショーでいくつも登場したデニムにも注目したい。ペイントを施したり、漂白の度合いを変えたりしているのか生地に変化もみられた。いうまでもなくディーゼルはデニムのブランド。「マルジェラ」では、この分野で今後確実に、さらなる変化があるだろう。

 花柄の生地をチュールで包んだドレス、チェーンやジュエリーを全面的に縫い付けたワンピース(総重量は50キロにも及ぶという)など、後年「名作」と呼ばれる可能性のある服が数多く登場したショーだった。

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メゾン・マルジェラの25年秋冬オートクチュールコレクション

 また、今回は新作のバッグや、ブランドを象徴する足袋を原型とした靴の新たな展開はなかったので、プレタポルテではそうした面にも期待したい。

 デザイナーの交代は、ブランドにとって最もセンシティブかつ重要な問題だ。それまでと違いすぎても顧客が離れ、全く同じ路線を継承しても成長は望めない。そうした観点から、グレン・マーティンスによるクリエーションは、確実にマルジェラでもあり、マーティンスでもあった。

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