戦後80年の歩みは、権力の統制や法の支配、人権の尊重を掲げて生まれた日本国憲法の歩みとほぼ重なる。度重なる危機にさらされながら、生き延びてきた憲法の「現在地」をどう見たらよいのか。課題は何か。解決の糸口はあるのか。慶応大学の駒村圭吾教授(憲法)に語ってもらった。
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――3月に台湾で憲法の講演をされたそうですね。
「台湾の中央研究院で『立憲主義の危機、民主主義の勝利』というタイトルで講演をしてきました」
いまだ克服されない明治憲法体制の宿痾
――どんな中身ですか。
「熟議民主主義、自由民主主義、立憲民主主義といったように、私たちは民主主義の前に何らかの形容詞をつけてきたわけです。形容詞をともなわない単なる『民主主義』は実はろくでもない統治システムで、制限なきポピュリズムと同じです。制限をかけようとする立憲主義は邪魔者でしかない。アメリカでは、民主的に選ばれたトランプ大統領が憲法を無視した政治を展開し、お隣の韓国でも大統領だった尹錫悦(ユンソンニョル)氏が『非常戒厳』を宣言したことで弾劾(だんがい)され、憲法裁判所は罷免(ひめん)を宣告しました。良くも悪くもダイナミックな憲法政治が繰り広げられている。一方、日本は『静か』です。なぜか、を説明しました」
――なぜなのでしょう。
「故安倍晋三元首相のスローガンは『戦後レジームからの脱却』。言い換えれば、『戦後憲法からの脱却』でした。彼の戦略は3段階に分かれていた。第1段階は、憲法改正手続きを定めた96条の改正。挫折しましたが、これは憲法の『テキスト』を改める明文改憲の提案でした。それが困難だと見ると、第2段階では、憲法の『解釈』を変更して9条を実質的に改憲する戦略に出ました。旧来の政府解釈を変更し集団的自衛権を認めたわけです」
「第3段階は、それでもやっぱりテキストを変えようと、『自衛隊』の3文字を9条に明記する明文改憲が提案されました。明記される『自衛隊』の内実を問われて安倍氏は、『今ある自衛隊をそのまま書き込むだけだ』と言い、さらに、改憲提案が国民投票で否決された場合でも『何一つ現状は変わらない』と答えました。安倍氏はそう言ってのけた。改憲までしても何も変わらないし、改憲案が否決されても何も変わらない。だとすると、もはや憲法は規範の法典ではなく、変える力を全く持たない、単なる歴史的文書に過ぎなくなる。つまり、規範としての憲法に対する安倍氏なりのいわば『死亡宣告』だったのではないか。もっと言えば、実は、憲法はとっくの昔から死んでいたのではないか。日本の憲法政治が『静か』なのは憲法そのものが死んでいるからではないか。台湾ではそういう趣旨の話をしました」
――本当に死んでいるのでしょうか。
「今や憲法は政治家が戦後の…