80年前の日本は、終戦が近づくなか、講和を急ぐ東郷茂徳外相らと一撃講和を唱えて本土決戦も辞さない姿勢を取る軍部との間で、対立が激しくなっていました。戦後、先の大戦を巡って「軍の暴走」も語られてきました。防衛研究所戦史研究センターの松原治吉郎主任研究官は「日本を取り巻く現実的な脅威が深まるなか、戦後の日本が慣れ親しんできた政軍関係のあり方が大きな議論になっている」と語ります。
――「軍が暴走して戦争になった」と語る人もいます。
「軍が暴走して戦争に至るわけではない」
2・26事件や5・15事件のように、軍が政変やクーデターを起こすことはありますが、軍が暴走して戦争を起こすわけではありません。戦争は国際情勢をはじめとする多種多様な原因があいまって起きるものです。
先の大戦の場合、日中戦争の解決や日独伊三国同盟などを巡り、日米交渉が成立しなかったことが戦争の直接的な原因でした。
――制度としての問題はなかったのですか。
戦前の軍は勢力を増す政党の介入を恐れ、(天皇の大権である軍隊の指揮に政治の介入を認めず、天皇を直接統帥部が補佐するという)いわゆる「統帥権の独立」を制度化しました。
ただ、最も根本的な問題は当時、第1次世界大戦の教訓から、「次の戦争は総力戦になる」と広く理解されていたことにあります。軍事だけでなく経済も思想も全て結集した体制が必要とされました。当時の強力なエリート官僚集団だった軍が、自他ともに役割を肥大化させたのは自然な現象だと思います。
緊張する国際状況のなか、軍だけではなく政治家、財界、マスコミなどを含めた様々な集団が競い合って危機をあおり、立ち止まって考え直す勇気を持てなかったという「日本全体の暴走」が、日本を戦争に至らしめたと考えています。
【連載】読み解く 世界の安保危機
ウクライナにとどまらず、パレスチナ情勢や台湾、北朝鮮、サイバー空間、地球規模の気候変動と世界各地で安全保障が揺れています。現場で何が起き、私たちの生活にどう影響するのか。のべ350人以上の国内外の識者へのインタビューを連載でお届けします。
――日本は戦後、政軍関係を…