戦後80年の終戦の日の前日だった8月14日、裏千家の前家元の千玄室(げんしつ)さんが亡くなった。102歳だった。
「一盌(いちわん)からピースフルネスを」というメッセージをかかげ、茶の湯を通じて世界に平和を訴えてきた。各国のリーダーたちへの影響力も大きく、100歳を超えても海を渡り、戦争体験を語り続けた。
たったひとり、生き残ってしまった
千さんの死去を知った時は信じがたかった。6月に京都市であった講演を取材したばかりだったからだ。
背筋はぴんと伸び、張りのある声で聴衆に語りかけていた。
「不思議と元気なんだよなあ。私を切ると緑の血が出ますよ」と冗談を交えながらの穏やかな語り口だ。だが、特攻体験を振り返ったときは違った。
「仲間はどんなに悔しい思いをしているか。私たちは日本の国を守っていかなければならない」
そう語る千さんからは、戦争に対する激しい怒り、平和のために行動し続けてきたことへの自負と気迫が感じられた。「たったひとり、生き残ってしまいました」とつぶやいたことが印象に残っている。
猛獣のような目
訃報(ふほう)が届いた日、宗教学者の山折哲雄さんを訪ねた。「千さんのような大きな存在を語りきることなど到底できない」と言いながら、思い出話を聞かせてくれた。
「若くして死んでいった戦友たちの無念を全て抱えて生きていくという覚悟があった。だから奥の奥まで見抜く、猛獣のような目をしていた」と山折さんは言う。
6月の講演で千さんは「未来を思うなら、今を大事にしなければならない。そして今、自分がどこにいるのかは、過去を知ってこそわかる。人間は過去を知らなければならない」と語っていた。
私は今、26歳。戦争で仲間を失った時の千さんは、今の私より若かった。
これから、私はどう過去に向き合っていけばよいのだろう。戦争を知らない私にとって、千さんの言葉はとてつもなく重い。
記者のプロフィール
やまだ・みう 2023年に入社し、初任地は埼玉。今年4月から京都に赴任し、京都市政を担当している。