その椀(わん)は奥深い輝きを放ち、肌に亀裂のような線状の模様が走る。塗り重ねられた黒と銀パールの漆に隠れた和紙のしわが生み出した表情だ。

 手がけたのは輪島塗の塗師、小路貴穂(しょうじたかほ)さん(54)。「絶望としか言いようのない風景。それを表現した」

傷ついた輪島塗の器を修復する小路貴穂さん=2025年6月11日、石川県輪島市、米田怜央撮影

 昨年1月、能登半島を最大震度7の地震が襲った。石川県輪島市にあった自宅は傾き、中で立っていられないほど。周囲の道路は裂け、地中がのぞいていた。

 避難所には多い時で約600人が身を寄せ、食料は足りず、感染症も流行した。体調を崩す人が相次ぎ、「地獄絵図」の状態。ほかの住民と運営を担ったが、心身は限界まで追い詰められた。

 地震から2カ月後、避難所から工房に通い、少しずつ仕事を再開した。ある日、工房の代表、桐本泰一さん(63)から、こんな相談を持ちかけられた。

 被災した元漆器店が、製作途中の漆器を処分する。譲り受けて活用できるか、一緒に見てもらえないか――。

輪島塗工房の代表を務める桐本泰一さん=2025年6月11日、石川県輪島市、米田怜央撮影

 現場を訪ねると、大量の漆器が残されていた。下地塗りまで終わっており、職人たちの丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。すべて運び出すのに、軽トラックで3往復した。

 どんなデザインにするか、桐本さんと意見を交わした。ただ、工房も被災し、できる作業は限られている。小路さんには「こんな状況で何を作れと言うんや」という気持ちもあった。

絶望の中の希望、器に施した工夫は

 半ば開き直って考えたのが…

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