残された置き手紙

 彼は突然現れた。

 10月31日午後3時過ぎ。朝日新聞秋田総局でデスクワークをやっていると、英語を話す青年が訪ねてきた。

 「マイストーリーを書いて下さい」

 米国のワシントンDCに住む28歳の韓国系米国人のジム・チェさん。聞いてみると、秋田市内をぐるぐると歩き回り、総局を見つけたのだという。彼はこう続けた。

 「日本の人たちが僕にしてくれたことに、とても感動しました。この話をどうしても記事にしてもらって、みなさんに感謝の気持ちを伝えたいのです」

 9月上旬に来日し、そのまま秋田にやってきた。9歳の時に家族3人で秋田に温泉旅行に来たことがあるといい、その時の思い出がすばらしくて再訪したのだという。

 最初に話してくれたのは、前日のことだった。

 秋田市から南東に70キロ。車で1時間ほどの距離にある横手市に、チェさんは行った。ちょうど秋田県立近代美術館(同市)で「金曜ロードショーとジブリ展」をやっていたので、見に行ったのだという。

 午後4時過ぎ。横手市まで来たのはいいが、秋田市へ帰る手段が分からない。困って道路で手を振っていたら、30代と思われる日本人男性がトラックを止めた。

 携帯電話の翻訳ソフトを使いながら、チェさんは日本人男性に帰り方を訪ねた。すると、「もう仕事が終わったから、乗せていくよ」と男性は言ってくれた。

 異国での1時間のドライブ。秋田市に着いて、チェさんはいくらかのお金を男性に払おうとすると、「いらないよ」と言ってくれた。チェさんはとても驚いた。

 「1時間の距離を運転してくれて、タダでいいと言ってくれたんです。そんなこと絶対ないと思うのです。なんて『ヤサシイ』人が秋田にいるんだろうと思って、ものすごく感動しました。心からお礼が言いたいです」

 チェさんが感謝したいことは、もう一つあった。

 9月25日の夜のことだ…

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