「花見行くのは子供のため。今夜だけは堪忍しておくれやす」
フリーアナウンサーの桑原征平さん(80)の母・フミさんが、年に1度だけ夫に譲らない時が訪れる。夜桜の季節だ。
連載「桜ものがたり」一覧
桜の風景とともに思い出す大切な記憶。読者のみなさまから寄せて頂いた、桜の物語をお届けします。
次男と小学生の三男を連れ出し、市電で向かうのは京都・平野神社。
数百本の桜の下に大勢の人だかり。朝鮮民謡を踊る人のにぎやかな声が響く。親子3人が座る場所がない。仕方なく通路脇に敷いた新聞紙に座り、途中の仕出屋で買った3合の巻きずしを広げて食べた。
「きれいやなぁ。平野さんの桜が日本一や。また来年も来ような」
小さい頃、いじめられっ子だった自分を慰めてくれる神社だった。花見は、三男が中学生になるまで続いた。
フミさんが生まれたのは1916年。生まれて間もなく小児まひを患った。足は不自由で右肩から下がほとんど動かない。
「ガッタン、ガッタン」
音をたてて乗る自転車は、左腕だけの片腕運転だった。
「ひどい体して。まるで、手があらへんねん」
偏見や差別が露骨な時代。そう、うわさされたこともある。だから、人前では体を絶対に見せたくなかった。近所の人の目が怖くて、2町離れた風呂屋へ通った。
「べっぴんやないか」
自分を見初めてくれたのが、家の前の派出所に勤める警察官だった。結婚できない体だと一度は断るも、人柄にほれたと引き下がらない。18歳でプロポーズを受けて結婚した。
夫の命令で「女」に夕食を作った
京都の言葉は形容詞を二つつ…