79年前、原爆投下から間もない9月17日に広島を襲い、約2千人が死亡した枕崎台風。原爆で壊滅した街で必死に観測を続けた気象台員らを描いた『空白の天気図』というノンフィクション作品がある。作者の柳田邦男さん(88)は、出版後も気がかりだったある登場人物のその後を、半世紀ぶりに知らされた。
《彼のあまりにも悲惨な運命を考慮したとき、実名を書くに忍びなかった》。柳田さんが作中で唯一、津村正樹という仮名で登場させた人物がいる。中央気象台測候技術官養成所から、広島地方気象台(現・広島市中区)に実習生として派遣されていた有常(ありつね)正基(せいき)さんだ。
1945年8月6日の朝。19歳だった有常さんは川の渡し船に乗って気象台へ向かっていた。岸が間近に見えた瞬間を本の中でこう語っている。
《いきなり水素ガスが爆発した中に放りこまれたような衝撃を受けたのです。(中略)あたりがカラカラに乾燥し切ったような感じと「もう駄目だ」という絶望感にとらわれました》
船頭と共に川に飛び込んだが…