「逃走」の桐島聡(古舘寛治)。右は若い頃の桐島(杉田雷麟)

 半世紀前の連続企業爆破事件で指名手配されていた桐島聡容疑者の数奇な人生をモチーフにした映画が競作になっている。足立正生監督の「逃走」と高橋伴明監督の「桐島です」。かつて政治運動に身を投じていたベテラン監督2人だが、アプローチは全く異なる。いずれも来年の公開を予定している。

足立正生監督や高橋伴明監督のほか、「桐島です」に主演する毎熊克哉さんにも話を聞きました。「桐島を演じるのが怖かった」と率直な思いを吐露しつつも、映画化される意義についても語ってくれました。

 1960年代後半に燃えさかった政治の季節が連合赤軍事件で急速にしぼんだ74~75年。「東アジア反日武装戦線」を名乗る組織が三菱重工や鹿島など海外に進出する企業を狙った連続爆破事件を起こした。

 多くのメンバーが逮捕される中、桐島は「内田洋」という偽名を用いて神奈川県内の土木会社に約40年勤め、逃亡生活を続けた。末期がんで入院した病院で今年1月25日に「自分は桐島聡だ」と名乗り、4日後に70歳で死去した。

 足立は39年生まれ。桐島より一回り上の世代だ。パレスチナで若松孝二監督と「赤軍―PFLP 世界戦争宣言」を制作後、日本赤軍に参加した経験を持つ。

 高橋は桐島に近い49年生まれ。学生運動に参加後、若松プロで多くのピンク映画を撮る。現実の銀行強盗事件に材を取った「TATOO(刺青)あり」などの代表作を持つ。

間髪入れず映画化に動く

 足立も高橋も桐島を巡る報道に接し、間髪を入れずに映画化に向けて動いた。足立は自ら脚本を執筆。高橋は前作「夜明けまでバス停で」の梶原阿貴と共同で脚本を仕上げた。

 健康保険証も持たず、目立たぬように暮らしていたこと。たまに駅前の飲食店に出かけ、音楽に合わせて踊るのが好きだったこと。好意を寄せる女性に対し、「幸せにできない」と断ったこと。両作とも、こうした数少ない情報から彼の人生を組み立てている。

 足立版は「動」の印象が強い。一方、高橋版は「静」で貫かれている。

 足立版は、入院した桐島(古…

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