朝、防潮堤越しに見える山の稜線(りょうせん)から太陽が昇る。壁画にじんわりと光が差しこみ、刻一刻と表情を変えていく。太陽が頭の真上に来たとき、描かれた木々とその向こうに広がる新緑の山の境目がなくなった。
「日本一美しい漁村」と呼ばれた宮城県石巻市雄勝(おがつ)町。東日本大震災後の2016年、海岸沿い3キロメートル以上にわたる、高さ最大9.7メートルの防潮堤の工事が始まった。その一角にある壁画には、かつて見えていた景色が広がる。
震災前、この町では約1600世帯、約4千人が暮らし、大通りの両側には商店と住宅が立ち並んだ。
「すし屋、飲み屋、洋服屋、歯医者、銀行。ここには何でもあったのよ。わざわざ外に出なくても全部ここで間に合ったんだから」。地元に長く住む女性たちは口をそろえて晴れやかに話す。
夏、雄勝湾は祭りの熱気に包まれ、地元の人々の笑顔と声が響き渡った。賞金を目指して、海の男たちは波しぶきをあげながら手こぎボートで競い合い、夜には花火が打ち上がった。子どもたちは雄勝音頭を踊りながら大通りを練り歩き、太鼓の音が鳴り響いた。町は、天日干しされた昆布の潮の香りが漂っていた。
「建築は本来、人の暮らしを豊かにするもの」
しかし震災後、暮らしは一変…