徐福寿司(ずし)が1950年に創業した頃、さんま寿司はメニューになかった。
店を始めたのは、現店主・里中陽互さん(65)の祖母・美都代さん。当時はだし巻き玉子や昆布を巻いた家庭料理風の「田舎寿司」が主だった。
紀勢線が全線開通した59年以降、駅弁の需要が高まった。「これは商売になる」。料理は素人だったが、会社勤めの経験から商才があった陽互さんの父・登さんは、熊野地方で古くから食べられていた保存食「さんま寿司」に目をつけた。
登さんは、和食店で働いた経験のある妻の文代さんと商売を広げた。
3代目の陽互さんによると、熊野灘で捕れるサンマは、三陸沖から南下してきたもので、身が引き締まって脂が適度に落ち、「焼き魚には適さないが、すし用には最高の状態」という。
紀伊半島南部の広い地域で、古くから食べられてきた「さんま寿司」。かつて、三重県熊野市に代官所が置かれていたことから、武士の世界で切腹を連想する腹開きを敬遠して背開きにする地域があるという。
陽互さんは「背開きの方が、おいしい部分が多く残せる」と合理的に解釈している。サンマを背開きにして塩漬けにしたものを年に約1万5千本仕入れている。
「さんま寿司は 塩加減より、塩抜き加減。」。陽互さんの名刺にある言葉だ。
塩抜きしながら、丁寧に小骨を取り除き、アク抜き、熟成酢による味付けなどを施し、仕上げに古座川町産のユズでさっぱりとした香りづけをするのが徐福寿司流だ。
尾頭つきで提供するので、徐福寿司では「さんま姿寿司」とも呼んでいる。
JR新宮駅から「歩いて30秒」の駅前店で、陽互さんと並んでカウンターに立つのは、4代目の佑吉さん(35)。新宮高校を卒業後、神戸市の老舗旅館の板場で和食の腕を磨いた。「田舎寿司の伝統の味を守りつつ、紀南の海のおいしい魚のすしも提供したい」と目を輝かせている。(菊地洋行)
〈徐福寿司駅前店〉和歌山県新宮市徐福2丁目1番9。さんま姿寿司(税込み1050円)や昆布寿司(850円)といった「田舎寿司」のほか、地魚を使った上にぎり(2500円)などもある。営業は午前10時~午後5時。カウンター4席、座敷8席。店内での飲食は午前11時~午後3時。テイクアウトや通信販売もある。電話(0735・23・1313)。木曜定休。