32年前、富山市に誕生した3万人を収容する「日本海側で最大規模」とうたわれた球場は、野球にうちこんできた青年の進路を変えた。
富山市民球場（アルペンスタジアム）の場長・中川隆司（54）は、強豪の富山商で主将を務めた元高校球児だ。「体育教員になって富山に戻り、野球の指導者になる」という思いから、日体大に進んだ。
だが、その思いはかなわずにいた。
転機は1991年。富山市民球場が翌年にオープンすること、市のスポーツ施設を管理する財団が設けられ、職員を募集していることを知った。
「あきらめずに（教員採用試験を）受け続ければよかったんだけど、野球を教えてめしを食っていけるという話だったので」。財団への就職が決まった。
今年1月1日の午後。富山市内の神社に初詣で訪れていたときに、能登半島地震が起こった。神社も灯籠（とうろう）が倒壊するなどの被害が出た。
翌2日朝。球場に行ってみると、被害は軽かった。「30年以上たっても、地震には強いんだな」と感じた。
その後、復興支援として2026年にプロ野球オールスターゲームの開催が発表された。
「この球場は、富山だけのものじゃない。北陸全部で考えないと、オールスターなんて来ない」と力を込める。
場長就任以降、スコアボード、照明、ラバーフェンスと計画的に設備を新しくしてきた。2軍のフレッシュオールスターが昨年催された際には、積極的な誘客で11年の前回開催を大きく上回る1万2529人の観衆を集めた。来季に向けて、今年秋からは人工芝の張り替えも予定されている。「老朽化した球場をよみがえらせるストーリーを描きたい」という一心だ。
総事業費50億円をかけた球場の完成式は、92年7月1日に開かれた。その夏の富山大会を制した高岡商のエース・坂林康司（48）は、大会前の練習会でマウンドに立つと、「押し寄せる感じがあった」と振り返る。観客席の高さがそう思わせた。
県高野連の元理事長（現副会長）で、高岡第一で校長を務める南修朗（63）は「富山の高校野球の聖地であり、高校球児のあこがれの場所だ」という。
オープン時に採用された砂入り人工芝は、全国的に珍しかった。その年の暮れには、「月刊体育施設」（体育施設出版発行）で東京ドームや旧国立競技場とともに「日本一のスポーツ施設 15選」に選ばれた。
スタジアムを紹介するページを見ると、建設の目的として「子どもたちからお年寄りまで楽しく使用できることがうたわれた」とあり、「そこで透水性砂入り人工芝を採用し、（中略）プロサッカーの前哨戦、コンサート、ゲートボール大会など、まさに多目的な利用が可能になっている」と説明されている。実際、Jリーグ発足前年の92年にはJリーグに加わるチーム同士の試合が行われた。
96年にはプロ野球のオールスター戦で地元出身の当時ヤクルトの田畑一也（55）が好投。その歴史は華々しく滑り出したように思えた。
腰やひざへの負担が軽いとされた砂入り人工芝の評価が暗転するのは、早かった。
92年の富山大会決勝で高岡商に敗れた新湊の当時の監督、桧物政義（71）は逸話を明かす。前日の準決勝で、エースが小飛球を追ってジャンプした際の着地で、足をねんざしたのだ。
「砂入り人工芝でなかったら……。けがを知ったのが決勝当日の朝なので対応も遅れたし、今でも申し訳ないと思う」
プロ野球関係者からも芝の硬さを指摘する声が目立つようになり、6シーズン使ったところで張り替えることになった。
富山商元監督の武内冨士夫（84）は、球場建設の際、「人工芝がいいとは思わなかった」という。オールスターの2度目の開催決定などもあり、今は人工芝で良かったと思っている。
58年夏の甲子園で8強に進出した魚津のメンバーだった吉田義夫（82）は「人工芝で高校野球が変わったと感じる。（内野が）土と違って高く弾むので、たたきつける、転がることが重要になる。富山大会の準決勝、決勝がアルペンスタジアム開催なので、人工芝を制するものが甲子園に行けることになる」と話す。
その人工芝は、来季に向けて今年秋から張り替えられる。中川は「市の球場でここまで立派な球場は、なかなかないと言われる」と胸を張る。
2年後の球宴の舞台は、関係者の熱い思いが宿る唯一無二のスタジアムだ。=敬称略（八鍬耕造）
最近10大会の全国高校野球選手権の富山代表
2014年 富山商（3回戦）
15年 高岡商（2回戦）
16年 富山第一（2回戦）
17年 高岡商（2回戦）
18年 高岡商（3回戦）
19年 高岡商（3回戦）
20年 新型コロナで中止
21年 高岡商（1回戦）
22年 高岡商（1回戦）
23年 富山商（1回戦）
かっこ内は全国高校野球選手権大会での成績
