都市政策の観点から神戸市を長く見てきた兵庫県立大の加藤恵正名誉教授に、人口減に向き合う神戸の現状について聞きました。産業都市として発展を続けてきた神戸市の歴史が、近年はあしかせにもなっている、と分析します。
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――神戸市は都市間競争に負けてしまっている、という指摘があります。
その問題設定にまず言いたいですね。「都市間競争」という言葉は1990年代くらいに海外から来ました。センセーショナルで、ある意味わかりやすい。
ただ、考えてみてください。あらゆるものが同一線上になることはありえません。スタンスの違うもの同士に競争させるのはフェアではないと思います。
日本全体で人口が減る中、都市間競争という点で勝つのは東京だけで、ほかはすべて負け組とならざるをえません。もはや違う方向を向かないといけない時代なのに、まだ競争という言葉を使うのには、違和感があります。この言葉はこれからの時代に適切なのか。そろそろ、使われなくなるのではないかとすら思います。
衰退時にこそ見える都市の個性
成長する都市は、成長の裏に問題が隠れていきます。逆に衰退していく都市は、余計なものがそげ落ち、都市の個性、多様な姿がいやおうなく出てくる。自分たちのもっている限られたリソース(資源)をいかに再編成して都市機能を更新・発展させていくのか、が大切になります。
――神戸市内には21もの大学が本部を置いており、若者が毎年転入してきますが、大半が就職で神戸を去ります。名だたる企業もありますが、彼らを引き留められていません。
古い産業都市が、繁栄したときの制度・仕組み・文化などから離脱できず硬直化し、衰退都市となっていくメカニズムを、「負のロックイン(negative lock in)」と呼びます。いったん成功したものは既得権益ができ、新しい発想をとりいれにくくなる。鍵ががちっとかかってしまい、マイナスに作用する。世界はものすごいスピードで動いているのに、凋落(ちょうらく)していく。神戸はまさにこのケースです。
かつて「株式会社神戸市」と言われ、都市開発を進めていたころの神戸市は確かに勢いがあった。ただ時代が流れたあとも、その時の組織の仕組みや発想から逃れられていない。地元財界・経済界も同様の問題を抱えていると思います。
「ハイカラ神戸」は私も好き…