#5 【幻想】の先に

 英国とフランスを隔てるドーバー海峡に面した街、英南東部ドーバー。港にはクルーザーなど数百の船が停泊する。近くの店には、1万ポンド(約190万円)から10万ポンド超えまでのヨットのチラシが掲示されていた。

 一方、この港には簡素なボートもやってくる。《英仏海峡における小型ボートの活動について》。記者にはほぼ毎日、当局からこんな表題のメールが届く。

 昨年1年間で、小型ボートで英国にたどり着いたのは約3万7千人。危険を冒して海を渡った難民申請の希望者たちだ。出身国はアフガニスタンやシリア、イランやベトナムが多く、比較的体力のある20~30代の男性が中心になっている。

【連載】移民・難民と世界 ー危機とジレンマの欧州ー

寛容か排斥か――。10年前の「難民危機」は、人権を重んじる欧州の価値観と、あるべき姿を激しく揺さぶった。統合、右翼、理念、トラウマ、ジレンマ、そして幻想。キーワードをもとに、欧州のいまを追う。

 「移民の議論は欧州全体の話だ。死ぬ恐れすらある状況で英国にくるいまの状況を、各国が協力して止めなければならない」

 昨年10月、港のベンチで休んでいた建設会社の現場監督、ギャリー・ヒバートさん(68)は言った。

ギャリー・ヒバートさん

 人権に配慮しなければならないことはわかっている。建設現場を含め、各業界では労働力も足りない。それでも、住宅問題が深刻化し、難民申請者の滞在コストが膨れあがるなか、制限する必要性を感じている。

 「漫然と受け入れるわけにもいかない。バランスをどう取るかだ」

 ただ、その問いに対する解は見つからない。

 さかのぼること、9年前――。

「EUの加盟国」=「移民はコントロールできない」?

 「欧州連合(EU)の加盟国であることと、コントロールできない移民は同義である」

 2016年4月、英独立党の…

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