- 【ビジュアル解説】アメリカ大統領選のカギ握る「激戦州」とは
うち捨てられた建物が時折目につく通りの先に、米鉄鋼大手USスチールのエドガー・トムソン製鉄所が見えてきた。
米東部ペンシルベニア州第2の都市、ピッツバーグから車で約30分ほどの田舎町。建屋には、操業が始まったとされる「1875年」の文字も刻まれていた。現役では米国最古の一つとされる貴重な工場だが、老朽化が進んだまま使われていないようにみえる建屋もあった。
米国の粗鋼生産量は1970年代の1.3億トンをピークに、近年はその6割ほどの水準が続く。USスチールも70~80年代に州内外で40工場を閉じた。
苦境が続く米鉄鋼業の「復興」を8年前に同州で公約したのが、初の大統領選に挑んでいた共和党のトランプだった。大統領就任後の18年3月8日、輸入鉄鋼に25%の関税を課す命令に署名し、こう言った。
「鉄がなければ、国家もない」
安い中国製鉄鋼が世界に出回り、苦しんでいた米鉄鋼業界はこの産業保護策に沸き立った。USスチールは、休止していた国内高炉の一部を再び稼働させ、レイオフ(一時解雇)していた500人の労働者を呼び戻すと発表したほどだった。
州内の鉄鋼会社で23年働いたジョン・ミコビッツ(75)は、外国製鉄鋼の流入で製鉄所が閉鎖され、関連企業がつぶれていくのをみてきた。
「トランプ関税のおかげで、米国の鉄鋼労働者にとってより公平な競争環境になったんだ」
トランプの後を継いだ民主党のバイデンは、トランプの「米国第一主義」を散々批判しつつも、その象徴であるこの関税を今も維持する。
バイデン政権は全米のインフラ整備や気候変動対策のための法整備を進め、米国製鉄鋼の使用義務づけや奨励策も法律に盛り込んだ。
先進国最大の鉄鋼市場を高関税で守りつつ、自国産の鉄鋼を優先的に消費する――。お互いを「史上最悪の大統領」とののしり合ってきたトランプとバイデンによる「連係プレー」は、米国を特殊で閉じた市場に変えた。海外から参入するには輸出ではなく、買収などの直接投資しか残されていなかった。
日本製鉄が昨年12月、自力再建を諦めたUSスチールを買収すると発表したのは、そうした文脈の中での動きだった。買収額の141億ドル(約2兆円)は、日鉄と買収を競った別の米鉄鋼大手が示した額の約2倍。関税の「壁」を越えて市場に入れる価値を見込んでのことだ。いったん中に入り込めれば、自らも「保護」してもらえるはずだった。
「世界中探しても、これほど魅力的なマーケットはない」。日鉄副社長の森高弘は買収発表会見でそう訴えた。
だが、壁は関税だけではなかった。
黄金時代を支えた「アイコニック・カンパニー」
USスチールは1901年…