高知―如水館 「3試合目」となった一戦。二回表高知1死三塁、吉井の投前スクイズで三塁走者大石が生還。投手幸野(右)、捕手宮本=2009年8月11日、筋野健太撮影

 マウンドから見上げた空は黒かった。

 「試合直前にぽつぽつと雨が降ってきたんです。でも、まあしょうがないか、くらいの気持ちでした」。ボールは滑り、足元はぬかるんだ。

 でも、気にならなかった。如水館(広島)のエース幸野(こうの)宜途(よしと)(33)は全国の舞台で投げられることで胸がいっぱいだった。

 2009年8月9日。高知との1回戦は午前8時31分に雨の中で始まった。投げづらそうな相手の左腕・公文(くもん)克彦を尻目に、幸野は立ち上がりから飛ばした。

 3年になった春から本格的に投手に挑戦した。急成長し、夏に背番号1をもらった。広島大会決勝では1学年下の広陵・有原航平(現ソフトバンク)に投げ勝った。

 「気づいたら甲子園まで来ていた。だから自分の力が全国でどれだけ通用するんだろう、と。ただそれを知りたかった」。初めての舞台でも自然体だった。140キロ前後の直球と得意のスライダーが低めに決まる。

 3回無失点。「よし、いける」。手応えを感じ、2点リードで四回の攻撃が始まるところで、雨が強まり、試合が中断した。30分後、ノーゲームが宣告された。

 宿舎に戻り、昼寝した。夕食後、テレビで翌日の天気予報を見ると、1日中、雨マークが並んでいた。「どうせ、また中止になるんじゃろう」。気持ちが乗らないまま朝を迎えた。

 予報通り、仕切り直しの一戦も雨の中で始まった。二回に相手の4番に本塁打を浴びたが、味方が四回に逆転してくれた。6―5とリードしていた五回1死、四球を出したところで雨が強まり、中断した。史上初、2日連続のノーゲームとなった。

 翌日の「3試合目」は晴れた。選手らの体調を考慮し、第4試合に変更されたが、2日間で計136球を投げた幸野の疲労は抜けていなかった。

 2回3失点で降板し、一塁に回った。七回途中に再登板したが、相手の勢いを止められなかった。対照的に、公文は「晴れたので自分の投球ができた」と14奪三振で完投。3―9で負けた。

 涙があふれた。甲子園を最後に野球を引退すると決めていた。試合後の取材で、「3回もマウンドに立ててうれしかった」と気丈に答えたが、内心は「雨さえ降らなければ」との思いがあった。翌12日は18歳の誕生日だった。

 小学生のころは陸上部だった。2学年上の兄の影響で中学から野球を始めた。だが、帰宅後に待っている父の特訓は厳しかった。毎日の素振りやタイヤを引いたダッシュなど、「めちゃくちゃスパルタだった」。中学卒業後、寮がある如水館を選んだのも親元を離れたかったから。だが、強豪校の生活は過酷だった。大部屋に2段ベッドがあり、そこで全員が寝泊まりする。「プライベートな空間はなかった」。当時は上下関係も厳しかった。

 「もう野球はおなかいっぱい」。野球人生の集大成と位置づけた甲子園は、気まぐれな空に嫌われた。高校卒業後は地元の自動車メーカーに就職した。一人暮らしを始め、休日は友達と海に出かけたり、カラオケしたり。「遊びまくった」と笑う。

 野球とは距離を置いた。テレビでもプロ野球や高校野球を見ることはほとんどなかった。だが、「ある偶然」があの夏を呼び起こす。

 10年ほど前。何げなくスマートフォンの野球ゲームをしていた時だった。画面上に、「公文克彦」という巨人の投手が現れた。

 「え? あの公文?」

 珍しい名前に、左投げ……。まさか、と思って当時のチームメートに確認すると、甲子園で投げ合った公文だった。

 「まったく知らなかった。頑張っているんだなと、うれしくなったし、自分も仕事を頑張ろうと思いました」。これを機に、当時の仲間たちと連絡を取り合うことが増えた。

 23年12月に当時の監督だった迫田穆成(よしあき)さんが84歳で亡くなった。通夜に参列した後、近くのとんかつ屋さんに入り、みんなで語り合った。

 中断中のベンチで、監督に「いい流れを切らすな」と言われ、控え野手の白石大貴が尾崎豊のバラード「I LOVE YOU」を熱唱したことを思い出し、笑い合った。苦い記憶だった甲子園が自分たちの結束をいつまでも固めてくれている、と実感した。

 22年から甲子園でも「継続試合」が採用され、ノーゲームや降雨コールドは、もう生まれなくなった。もし当時も継続試合があれば、如水館が8―5とリードした八回表、1死一塁から高知の攻撃で再開になる。

 ただ、「もう雨を恨んでいない」と言い切る。遠ざかっていた野球だが、数年前に会社の草野球で久々にボールを握ってみた。球場へ試合観戦にも行くようになった。楽しかった。

 「社会に出て、大人になってわかったんです。うまくいく時もあれば、いかない時もある。でも、言い訳しても何も始まらない。ぜんぶ受け止めて、前を向いていこうって」。あの夏、気まぐれな空が教えてくれた。

第91回全国高校野球選手権大会 1回戦

【8月9日】

如水館(広島)

110

000

高知(高知)

(3回裏終了 降雨ノーゲーム)

【10日】

高知

03002

0024

如水館

(5回表1死 降雨ノーゲーム)

【11日】

高知

120000501|9

010001010|3

如水館

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