◇第101回全国選手権(2019年)2回戦
花咲徳栄(埼玉)000101100 3
明石商 (兵庫)00002110× 4
あの夏から5年近くがたち、心の動きははっきりと覚えていない。なぜ、球をよけてボールゾーンで当たったのに、「死球ではない」と自己申告したのか。
2019年8月11日、第101回大会の2回戦だった。
花咲徳栄(埼玉)は明石商(兵庫)と対戦した。1点を追う七回1死、捕手の菅原謙伸が打席に立った。9番打者としては、まず走者に出たい場面だった。
「ふふふ。懐かしいですね」
卒業後に明大に進み、今春から社会人野球のENEOSに所属する23歳は、当時の動画を食い入るように見つめた。
マウンドには、後にプロ野球・千葉ロッテマリーンズに入団する、2年生右腕の中森俊介がいた。1ボールからの2球目、スライダーがすっぽ抜けて菅原の頭付近に来た。
明石商・中森から「一番の当たり」
身をかがめるようにしてよけたが、球は肩口近くに当たった。だが、菅原は一塁に向かわなかった。球審に向かって、右手を小さく振り上げながら伝えた。
「すみません、いま、(左肩が)こう出ちゃった気がします。デッドボールじゃないと思います」
捕手の水上桂(現楽天)にも「ゴメン」と謝った後、マウンドの中森、さらには三塁側の明石商ベンチの方へ振り返り、ヘルメットのひさしに手をやって会釈した。
試合の流れを止めたことを気まずく感じたのか。「とりあえず、ゴメンでした」。球審は死球ではなく、ボールと判定した。
直後の1球だった。「自分が決めるぞ、とは強く思っていなかった。相手からしたら、多分、あんまり打てないと思っているだろうから、真っすぐしか待っていなかった」
その甘い真っすぐをノーステップ打法でとらえる。白球は左翼スタンドへ伸びた。
「高校生活で一番の当たりだったと思います。当たった感触がなくて。走りながらレフトと審判の動きを見ていたら、うわっ、入ったみたいな感じだった」
二塁ベース手前まで、右腕を掲げていたが、後は淡々とダイヤモンドを回った。
「喜び方が分かんなかったです」
そして、続ける…