リーガロイヤルホテル総支配人の中川智子さん=2024年12月11日午後、大阪市北区、滝沢美穂子撮影

 中川智子さんは、大阪の老舗「リーガロイヤルホテル」で女性初の総支配人に就いた。女性が働きやすい職場環境をどうつくればいいのか。ホテルの現場で模索、葛藤してきた中川さんに体験談を語ってもらうとともに、「女性活躍」を掲げる大阪・関西万博への期待も聞いた。

――日本政府や日本国際博覧会協会は、今回の万博で、日本の女性活躍の現状を紹介するパビリオンを設けます。政府は万博を、ジェンダー平等の実現を含むSDGs(持続可能な開発目標)の達成に役立てるとうたっています。

 私は今、大阪商工会議所の会員企業の女性幹部らと、万博で女性活躍に役立つイベントができないかと話し合っています。政府などの「ウーマンズ パビリオン」に絡め、企業の女性幹部や関西に駐在する各国の女性領事も交えた座談会や講演会を開く予定です。

 働く女性たちが登壇者の経験談を聞き、自らの将来のキャリアをイメージしたり、抱える悩みの解決に役立てたり、自分事としてとらえられる内容にしたいと思っています。

――中川さんは2022年4月に、大阪のリーガロイヤルで女性として初の総支配人になり、執行役員にも就きました。当時、不安はありましたか。

 ホテル業界はまだまだ男社会です。各地のリーガロイヤルホテルの運営会社「ロイヤルホテル」に25人いる役員は今も、社外取締役とプロパー社員の監査役、私の計3人を除けば全員が男性です。各部門のトップもほとんど男性です。

 大阪のリーガロイヤルは経済界のお客様のご利用が多く、総支配人になった当初は、宴会場で催していただいたパーティーにごあいさつにうかがった際、ビジネスの相手として受け入れていただけるか、とても不安でした。歴代の男性総支配人に比べ、頼りなく見えないかと懸念したのです。

――顧客の反応はどうでしたか。

 意外にも、「リーガロイヤルに新しい風が吹いたね」と好感していただけました。女性の総支配人が珍しいこともあり、覚えてもらいやすいというメリットもありました。

 執行役員として株主総会のひな壇にも並びましたが、株主からも「経営に女性の視点が入る」という好意的な声が届いていたそうです。

――総支配人になって、顧客へのサービスで、女性の視点を採り入れた部分はありますか。

 特にありません。ただ、社内で女性が働きやすい環境づくりを進めたことで、結果的にサービスが改善したと思います。結婚や出産による離職が減って、お客様にとって顔なじみのスタッフが長く働き、安心感を提供できていると考えています。

 大阪のリーガロイヤルではかつて、フロントの若い女性スタッフの離職が多くありました。私は08年に宿泊部長になり、社長から「お客様にとって、フロントに新顔しかいないホテルはよくない。若い女性がなぜ離職するのか、彼女らの悩みを聞き、解決策を考えてほしい」と指示されました。

 当時は妊婦用の制服をつくり、産休スタッフの業務の肩代わりを不満に感じる同僚を説得して休みやすい環境づくりに努めました。総支配人になった後には、22年にできた女性活躍を話し合う社内チーム「Royal Women’s Committee」で、女性の働きやすい制度づくりを進めています。

――どんなチームですか。

 メンバーは10人ほどで、全員が女性です。宿泊や宴会、ブライダルなど、女性の多い部門にいる管理職や若手社員、妊婦や未婚者など年齢層や職歴は様々で、毎月1回集まって、女性の視点から職場の問題点を洗い出し、解決策を探っています。

 チームからの提言を踏まえ、会社は過去に、出産を控えた女性の業務を減らす「免除型」のシステムを導入しました。ところが、やる気のある女性が仕事の経験を積めないことを嘆いて辞めてしまったため、現在は、出産や育児で休職した女性が、復職後にキャリアアップするのをサポートする「支援型」に転換しています。

 また、男性の育休取得率を上げるにはどうすればよいかという議論もしています。経営側から見ても、現場の声をつかめるのはありがたいです。

乳飲み子を親に預け、母乳はトイレに キャリアを追った若い頃

――中川さんはロイヤルホテルで女性幹部の先駆者です。キャリアを志向した若い頃の姿勢は、現在の考え方とかなり差があるのではないですか。

 私は第1子の出産直後から、子どもを大阪の実家に預け、同業の夫と東京の営業所で働きました。当時は金曜の夜に仕事を終えて新幹線で大阪に帰り、日曜の夜に夜行バスで東京に戻る生活でした。

 職場のトイレで、搾った母乳をザァーッと便器に捨てなければならず、「なんでこんなことをしているんだろう」と、とても悲しかったことを覚えています。社内から「いったん離職し、子どもが育ってから再就職すればよいのに」という声も聞こえましたが、好きだった仕事をどうしても続けたかったのです。

 また、子どもが3歳だった時には、両親と夫に預けて海外に単身赴任しました。当時は、打診を受けた海外への異動を拒めば、会社が今後、子育て中の後輩女性には同じ打診をしなくなるだろうと懸念しました。

――努力を経て今のポジションをつかまれたと思いますが、なぜ後輩女性にはそれを求めないのですか。

 私は両親に子どもを託して赴任できました。かなり恵まれたケースだったと思います。だから、家庭環境の異なる後輩に同じ考え方を強いてはいけないと自戒しています。また、人にはそれぞれ人生のステージがあると考えています。育休をとって家庭を安定させなければならない時期、職場に戻って120%の力で働く時期、といった具合です。

 企業は、その各ステージで社員を一人で悩ませるのではなく、組織ぐるみでサポートするシステムをつくらなければならないと思います。優秀なスタッフに休職後に復職したいと思ってもらえる環境を整えることは、必要な先行投資なのです。

 私は、女性幹部としてのバトンを次世代に引き継がなければならないとも感じています。多くの企業の経営者は今、まったく同じ能力を持つ男女の社員がいれば、女性を選んで登用するケースが増えてきていると思います。多様性を尊重しないと、顧客や株主らに認めてもらえないためです。

――「逆差別」という批判が聞こえてきそうです。

 女性にとってラッキーな時代…

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