一票に込めるあなたの思いは――。参院選まで残り8日となった12日、全国8カ所の期日前投票所に記者が終日密着します。各地で出会う有権者から、今回の参院選の見方やそれぞれの思いをお聞きし、その様子をタイムラインでお伝えします。
密着する期日前投票所は北海道千歳市、秋田県大仙市、東京都港区麻布、愛知県豊田市、石川県輪島市、大阪市此花区、香川県土庄町、長崎市の全国8カ所。投票に訪れた有権者に声をかけるほか、投票所周辺の様子も取材します。取材した方のお名前はカタカナで表記しています。
09:15(香川県土庄町)
移住者と高齢化率と
早朝、フェリーに車を積み込み、高松港を離れた。1時間かけて向かったのは、瀬戸内海にある小豆島・土庄(とのしょう)港だ。
記者(24)は4月に香川県に赴任した。瀬戸内海の島へ、船に乗って取材に行くことには慣れてきた。今日の空は海より薄い水色。フェリーから遠くの海を見ると、朝から操業する小型船がぽつぽつとある。
小豆島は、西側の土庄町と東側の小豆島町から成る。小説「二十四の瞳」で知られる作家壺井栄の故郷であり、近年は瀬戸内国際芸術祭の会場としても有名だ。
土庄町は小豆島のほかに、豊島(てしま)、小豊島(おでしま)、沖之島の計4島で構成される人口1万2846人(2020年時点)の自治体だ。今回、土庄町の期日前投票所を密着先に選んだのは、移住者の多さと高齢化率の高さが気になったからだ。
24年度、香川県の移住者数が2879人(1890世帯)で、過去最多となった。最も移住者が多い町が土庄町で、206人(150世帯)にのぼる。一方で、町の人口は減少傾向にあり、65歳以上の人口割合は約43%を占める(20年時点)。
移住した人と、島で生まれ育った人。それぞれから見える島の未来には、どのような景色が広がっているのか。少しでも島のリアルに迫りたい。
投票所が開いて30分ほど。すでに10人以上が投票に訪れていた。(渡辺杏果)
09:00(東京都港区)
「リッチな街」でも重視するのは物価高対策
午前8時半、地下鉄六本木駅(東京都港区)から徒歩10分の場所にある麻布地区総合支所で、期日前投票所が開いた。
街の雑居ビルからは、若い男女4人が少し疲れ気味な様子で出てきた。近くのビルでは警察官数人がトラブル対応にあたっている。目を移すと、ベビーカーを引いた外国人の家族連れが、カフェで朝食をとっていた。
多くのグローバル企業がオフィスを構える六本木ヒルズ、日本一高い超高層ビルで一室200億円ともうわさされる住居を備える麻布台ヒルズなどがあり、都内一「リッチな街」として知られる港区。
地方取材が長かった記者(35)はこの春、大学卒業以来12年ぶりに東京に戻った。若者が流出し、活気がなくなる「縮む地方」を目の当たりにしてきただけに、若者と最新の施設や文化でにぎわう東京は、とてもまぶしく見える。
物価高による生活苦も過疎化による人手不足も関係のないように見える大都会で、有権者は何を重視し、投票先を決めるのか――。
「港区だからってみんながお金持ちなわけじゃない」
午前9時過ぎに投票に来たタミコさん(78)は記者に諭すように言った。
40年以上前に近くのマンションを購入した。まだバブル経済が過熱する前。港区は「普通の人でも住める街」だった。
数年前に亡くなった夫と小さなスナックを経営していたが、東日本大震災の直後に店をたたんだ。その後は、貯金と親が残した資産を切り崩す生活が続く。最近、住み始めた当初からあった近くの庶民的なスーパーが閉店した。近所は高級スーパーばかりで、とても日常使いはできない。
重視するのは「物価高対策」と自身のような独居の高齢者への支援。「具体的に何をしてほしいとかはないけど、気にはかけてほしい」
投票を終えると、六本木のドンキホーテに買い物に向かった。「この近くで日用品を買えるのは、もうあそこくらいしかない」。日本一の大都会の生活は、一部の富裕層以外には「不便」なのかもしれない。(寺沢知海)
09:00(北海道千歳市)
「ラピダス」進出の街で 子育ての不安はなお
午前8時半、北海道の空の玄関「新千歳空港」から車で10分の千歳市役所でも、この日の期日前投票が始まった。気温は19度。少し肌寒く、空は分厚い雲に覆われている。
千歳市は、人口減少に歯止めがかからない道内では珍しく、次世代半導体工場「ラピダス」進出の効果で、人口が増加している。市が公表したラピダス立地に伴う人口増加効果予測では、2040年までの累計で7800人の人口増加効果が見込まれ、人口は現在の約9万7千人から数年以内に10万人を突破するとされている。
地価もうなぎ登りだ。JR千歳駅周辺の商業地の伸び率は、今年1月に国土交通省が発表した公示地価の全国1~3位を独占した。ホテルやマンション不足も課題となっている。
記者(26)は北海道の行政を担当するようになって3カ月、「課題の先進地」と言われ、深刻な過疎化や高齢化が進む道内の様子を見聞きしてきた。そんな中、千歳市なら活気にあふれる声も聞けるのでは、と期待した。
投票所には朝早くから続々と子連れのファミリーが訪れた。4歳の娘を連れて夫婦で投票に来た専業主婦のリナさん(37)は、子どものためになりそうな候補に期待を込めて投票したという。
市は「子育てするなら、千歳市」を掲げているが、その実感は薄い。「産前産後はとにかくお金がかかった。老後の資金を考えるともう1人産みたいとはなかなか思えない」とため息をつく。「君の時代はどうなっているんだろうね」と娘に問いかけ、投票所をあとにした。(鈴木優香)
08:30(輪島市町野町)
「二重被災」のまち 一番乗り
石川県輪島市の市街地にある自宅アパートから、北東へ車で40分。2024年元日の能登半島地震で隆起した海岸につくられた仮設道路を通り、左右に崩れた山肌を見ながら運転し、山あいにある輪島市町野町に着いた。
地震で木造家屋の多くが損壊した町野町は、その後の昨年9月に襲った豪雨で土砂が崩れ、川があふれてまちの中心部に流木がながれこみ、「二重被災」した。家屋の解体が進み、広がった更地に草が生い茂る。いまも屋根に雨漏り防止のためブルーシートをかぶせた家も目立つ。
ほんの4日前、自民党の参院議員から、「運のいいことに能登で地震があった」という発言が飛び出した。都市と地方に拠点を置く「二地域居住」について話す中での発言で、その日のうちに謝罪、撤回した。被災者に受け止めを取材したとき、憤りやあきれとあわせて何人かが口にした「ひとごとなんでしょう」という言葉が耳に残った。
能登駐在の記者(45)として暮らしていると、まだまだ復興どころか復旧すら始まったばかりだと思う。記者以上にこのギャップを感じているはずの被災地で暮らす人たちは、一票にどんな思いを込めるのだろう。
きょうから期日前投票が始まる市役所「町野支所」の2階建て庁舎には、参院選の投票を呼びかける大きな垂れ幕が掲げられていた。「一票に ふっこう明日への ねがいこめ」と書かれている。
午前8時半すぎに訪れたナナミさん(33)は、この投票所での最初の投票者だった。投票箱が空であることと、箱への施錠を確認するという初めての体験をした。「選挙って、間違いのないようにちゃんといろんな人の確認をしてやっているんですね」
「問題はいろいろあるけれど、最近、気になっているのは人権。生活保護世帯とかお年寄りとか、弱い人が取り残されないようなことを考えてほしいと思って1票を投じました」(上田真由美)