能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県珠洲市蛸島町で11日、250年以上前から受け継がれてきた「早船(はやふね)狂言」があった。例年は高倉彦神社の神楽殿で演じられてきたが、地震で神楽殿が損傷し、今年は近くの蛸島漁港に設けた特設の舞台で催された。
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海風がただよう舞台に、鮮やかな色の大漁旗がなびく。紋付き羽織に扇子を持った「船頭」と、派手な着物を身につけた「艫取(ともと)り」が登場。拍子木の音にあわせて軽妙な掛け合いを繰り返し、見守る人たちから、場面ごとに「よーっ」「やーっ」と掛け声があがり、紙吹雪が舞った。
蛸島は、江戸中期から漁業や交易で栄えた県内有数の漁港。早船狂言は、地元の「新成人」の男性が、芸者にいれあげて出港しようとしない船頭と、なんとか出港させようとする艫取りの掛け合いを演じる。
早船狂言の前には、艫取りと同じように派手な衣装「ドテラ」を身につけた地域の若者たちが、総漆塗りの巨大な灯籠(とうろう)「キリコ」をひいて集まった。
キリコの明かりが夜を照らす中、異例の舞台を終えた艫取り役の会社員、北浜翔喜(しょうき)さん(21)は「例年通りの舞台ではなかったけれど、こうやって開いていただけたことに感謝しかない。自分たちにとって祭りは1年に1回の一大イベント。伝統を絶やさないようにしていきたい」と話した。
船頭を演じた桜田慎太郎さん(21)は東京農業大学の3年生。普段は東京で暮らすが、元日は蛸島に帰省していて被災した。実家の老舗酒蔵は全壊し、家族は市外のみなし仮設住宅で暮らす。東京でも過去の早船狂言の映像をYouTubeで見て練習を重ねてきた。舞台を終え、「応援してくださる方の中でやるのは楽しかった」と笑顔を見せた。
「珠洲では祭りが一大イベント。祭りをつなげていく、続けて行くことが珠洲の復興や再建につながると思う」。東京農大で勉強しているのは、日本酒の醸造について。「父や母と一緒においしいお酒をつくるために、必ず、帰ってきます」(上田真由美)