能登に転勤してくる前は東京の文化部にいた。だからなのか、それにもかかわらず、なのか、考えてしまう。
こんなにも大きな災害が起きたとき、アートにできることって、何だろう。
被災地で出会ったアーティストには、この疑問を直接、尋ねるようにしている。
昨年8月、初来日して能登を巡った現代美術家、オトボン・ンカンガさん(50)は、真剣な表情で答えてくれた。
「人類の長い歴史においては、何回も災害のような悲劇が起きてきた。そんなとき、人々はいまの自分とは違うところに心を飛ばす想像力によって、自分がいま生きていることを実感しながらどうやって次の生につなげていけばいいかということを考えてきた。アートは絶えず、そういう力を与え続けてきたと思う」
この人の作品を見てみたい、と思った。
ナイジェリア出身のンカンガさんは、ベルギーのアントワープを拠点に活動し、「土地」に関心を寄せる作品で世界的に知られる。今年3月まで金沢21世紀美術館(金沢市)で行われた開館20周年特別展では、大地と海の壮大な物語を大きな4点のタペストリーで描く作品が展示された。
昨年8月の来日は、さらに新たな作品づくりに向けて、能登の工芸作家とのコラボレーションを模索するためのリサーチだった。
多くの手によって形づくられるもの
あれからまもなく11カ月。作品の完成が近づいている。
作品の名前は「シェイプド・バイ・メニー」。「多くの手によって形づくられるもの」という意味で、長さ3メートルほどの杖(スティック)のような棒状だという。
ンカンガさんの構想とデザイン画をもとに、石川県ゆかりの職人たちが杉材の土台の加工や塗り、金工などで携わる。2人で担ぐことができる形で、様々な人が担ぐパフォーマンスも予定している。
今年6月下旬、石川県能美市の工房を訪ねると、焦げ茶色に塗られた1・5メートルほどの複雑な形をした板状の「スティック」に、輪島塗職人が向き合っていた。
慶塚(けいづか)英信さん(59)。同県輪島市の漆器工房の職人だったが、昨年元日の能登半島地震で家を失い、金沢市に避難。金沢に近い能美市の企業が職人支援のために開設した仮工房で、昨年6月から制作を続けている。
作品の土台となるスティックは、半分を県南部の加賀市に伝わる山中漆器の技法で、残る半分を県北部の輪島市で育まれてきた輪島塗の技法で仕上げる。
輪島塗部分を任された慶塚さんは、21世紀美術館で目にしたンカンガさんの壮大なタペストリーから感じ取った自然との共存というイメージをふまえて、「過去を塗り重ねながら、新たな光を見いだす」というコンセプトで作品をつくることにした。
震災を経て荒々しい大地を表現する作家がいる一方、「地震のことを考えながら作品をつくるわけではない」という作家も。記者自身、心苦しさを感じながら真意を尋ねました。
丸みをおびた筒状の部分は輪…