(6日、第107回全国高校野球選手権大会1回戦 沖縄尚学1―0金足農)
金足農が0―0で迎えた五回2死三塁のピンチ。その名前がコールされると、甲子園全体が待ちわびていたかのように拍手がわいた。
「ピッチャー、吉田大輝君」
試合直前に右太ももの違和感を感じ、先発を回避していた。2年生左腕の斎藤遼夢(りむ)が4回無安打投球の快投を披露し、満を持して吉田が3番手として救援した。
「ここで勝つために練習を乗り越えてきた」。内角への143キロで詰まらせ、二ゴロに打ち取った。1球でピンチを切り抜け、拳を握った。
ただ、沖縄尚学は一枚上手だった。徐々に直球にタイミングを合わされた。七回2死、浮いたチェンジアップを痛打され、勝ち越しを許した。この1点で勝負が決まった。
吉田は秋田大会が始まる前の6月、こう言っていた。「(自分の人生は)漫画みたいだなって。みんなからもよく言われるんですけど、自分でもそう思います」
小学生だった2018年夏、金足農が準優勝を遂げた全6試合をアルプス席で観戦した。「旋風」の中心に立つ兄・輝星(オリックス)の姿に憧れ、その後は暇さえあればスマホで動画を見た。立ち居振る舞いや投球スタイルは、自然と似た。
昨夏、2年生エースとして秋田大会制覇に導いた。兄が在籍した18年以来の甲子園出場だった。しかし、先発して7回5失点で初戦敗退を喫した。
試合後、涙ながらに言った。
「自分はまだ、甲子園にふさわしいピッチャーじゃなかった」
最終学年を迎えた昨秋以降、吉田は苦しみ続けた。秋は県大会の4回戦で敗れた。主将を外れて投球に専念した今春も、準々決勝止まりだった。
最後の夏を前に、こうこぼしていた。
「2年生で甲子園で活躍した投手って、3年生で行けないことが多くないですか? そうならないように頑張らないと」
そんな吉田はこの夏の秋田大会、復活を遂げた。
準決勝で明桜を1―0で完封し、鹿角との決勝は延長10回1失点の力投。ピンチで粘り、三振を奪ってはさけんだ。「アドレナリンが出るタイプだからですかね」。自身も驚くほど、球は走った。
吉田の球速の自己最速は、1年間更新されていないままだった。それがこの日の六回、吉田の直球は2度、147キロを計測した。
万全ではなかったはずの右腕がこの大舞台で、過去の自分を越えた。
ベンチで見ていた1学年下の斎藤は言った。「この夏一番の球でした」と。
吉田は試合後の取材に、目を真っ赤にして現れた。「仲間に申し訳ない」と自分を責める言葉を繰り返し、「1年間経って、甲子園にふさわしい投手にはなりきれなかった」
それでも、2年連続での甲子園出場は、兄の世代ですらなし得なかったことだ。
最後の夏に再びマウンドに立った吉田は、甲子園に愛された選手だったと思う。