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発災直後から被災地のDMAT活動を支えてきた国立病院機構本部DMAT事務局の近藤久禎次長=2024年3月27日、東京都立川市、土肥修一撮影

 能登半島地震から3カ月が過ぎ、被災地の医療や福祉体制は少しずつ回復してきている。一方で、人口の減少や人員不足の影響により、いまだに運営に支障をきたす病院や社会福祉施設は少なくない。発災直後から主に石川県庁で災害派遣医療チーム(DMAT)活動を支えてきた国立病院機構本部DMAT事務局の近藤久禎次長に、今回の震災の教訓や高齢化、人口減少が進むなか、今後の災害医療や福祉に必要なことについて聞いた。

 今回の震災は、「狭くて深い」災害でした。孤立しているところに大きな被害があったのが最大の課題で、飲料水や食料、暖房という命をつなぐために最低限必要な環境が病院や社会福祉施設、避難所で確保できないという問題がありました。

 被害は甚大で、道路が寸断され、孤立して支援がいきつけないのも特徴でした。仮にDMATを一度に100隊送っても、病院には泊まる場所がなく、水は出ず、食料も少ない。人的資源を大量投入すると、現地に負荷がかかりかえって有害になってしまいます。まずは最低限の環境を病院や施設に確保させるための支援が必要でした。

 寒さや栄養不足による病気の悪化が心配でした。水や暖房などを補給していって改善を図り、それでも現地では耐えられない人がいる。特に社会福祉施設が一番悲惨な状況だったのですが、そうした人たちの命を救うための広域搬送を1月18日ごろまでして、その後は病院や社会福祉施設の負担を軽くするための搬送をしました。

 奥能登の四つの総合病院は計535床ほどありましたが、115床に減りました。中能登の二つの救急病院も計約750床が570床ほどに減少しました。そのため1千人を超える入院患者が金沢市以南に搬送されました。震災前に高齢者施設にいた人たちは4400人でしたが、3200人になりました。

 一方で、広域搬送が高齢の施設利用者にとって最善なのか。利用者がいなくなれば、事業が存続できなくなるのではないか。地域の高齢者をより不幸にし、復興しない町をつくってしまう。そんな危惧がありました。

 背景には、東日本大震災のと…

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