「潮騒のメモリーズ」「北三陸鉄道」。架空のアイドルや鉄道をPRする看板が、岩手県久慈市の三陸鉄道久慈駅前の古いビルに掛かっている。
「駅前デパート」という名のこのビルは、2013年のNHK朝ドラ「あまちゃん」のロケ地のひとつ。地元の要請に応えたNHKが撮影セットの看板を残したため、ドラマ内と同じ光景が今も広がる。駅前デパートは1965年、元は闇市だった場所に、地元商業者たちの組合が建てたという。
商工会議所職員の嵯峨崇さん(47)は小学校低学年の時、ここのレストランで初めて食べたオムライスが忘れられない。ショーケースで輝いていたサンプルそっくり。「福神漬けまでついてちゃんとしてる。すごい、って」。
時代には勝てず、00年ごろにはテナントの大半が退去。寂れた空気を一変させたのがあまちゃんだった。全国からファンが集まり、ガラガラだったバス停に長蛇の列ができた。
「今もファンの方々は『ただいま』と言って案内窓口に来てくれるんです」と、久慈市観光物産協会の広内留美さん(42)。市民と一緒に秋祭りの山車を作るツアーを企画したファンもいるなど、あまちゃんのご縁は今も続く。
広内さんが、そんなご縁の「シンボル」と語る駅前デパート。だが、入居店舗がほぼないビルの老朽化は容赦なく進み、16年には外壁がはがれ落ちる事故も。市は安全のため、バリケードを設置した。
近所で喫茶店を営む樋沢正明さん(77)は「本当は解体した方が良い。でも、来てくれる人の気持ちを考えると」と複雑な心境を明かした。