論壇時評 宇野重規・政治学者
先日、米国で話題の映画「シビル・ウォー」を見た。連邦から19の州が離脱し、文字通り「内戦」になるという話である。主人公に銃を突きつける兵士が「お前は、どの種類のアメリカ人だ」と聞くシーンが生々しい。暴力的な対立が激化し、米国が分裂する未来図は必ずしも荒唐無稽なフィクションとは言い切れない。
まもなく行われる米国大統領選において、前大統領ドナルド・トランプ氏の復活がなるのか、あるいは現副大統領カマラ・ハリス氏が女性かつアジア系初の大統領となるのか。両氏を推す共和・民主両党がかつてない拮抗(きっこう)状態にあるだけでなく、それぞれの支持者の分断がますます深刻化している。
その一方、日本では与党が衆院選で過半数割れを起こし、石破茂首相の政権は大きく揺らいでいる。米国との同盟関係を基軸に国際関係を築いてきた日本は、歴史的な米国大統領選に向き合えるのか。トランプ、ハリス両氏のいずれが勝利するとしても、米国の国際的影響力の低下は免れないだけに、日本は内外にわたって難しい選択を迫られている。
大統領選の経緯については、米国先端政策研究所のグレン・S・フクシマらの座談会が参考になる(❶)。ここ数年、政局の中心はトランプ氏であった。「トランプに対抗できるのか」が問われるなか、バイデン大統領の撤退を機に情勢が大きく変わり、ハリス氏登場で民主党は一気に活気を取り戻した。ただしハリス人気も「バイデンではない」ことによる部分が大きく、「私たちの大統領」というアピール力は弱い。
米国全体として見れば、白人人口が減少し、社会の多様性が増大することでリベラルな民主党支持層が増えている。とはいえ、排外主義的・人種差別的な発言の一方で、労働者擁護、政府の市場介入などで「共和党らしからぬ」トランプ氏への支持も根強い。両者の間で、米国の文化的・政治的同一性はかつてないほど低下している。トランプ氏が敗北した場合もそれを認めない可能性があり、民主主義が脅威にさらされている。
「草の根」の支持者を動員する「物語」はあるか
ハリス氏について、米国選挙に通じる渡辺将人の論考が貴重だ(❷)。民主党選(よ)りすぐりの「ドリームチーム」選対に支えられ、テレビ討論会で優勢だったハリス氏であるが、組織内部の盛り上がりには欠けているようだ。特に予備選を経ていないために地方事務所も情熱的なボランティアも存在せず、「草の根」動員の弱さにつながっている。はたして「反トランプ」という以上に支持者をつなぐ「物語」があるのか。むしろ米国政治の三牧聖子が指摘するように(❸)、ガザ問題でイスラエル批判を控えるハリス氏に対し、リベラル派内での批判が高まっている。
それではトランプ氏の強さは…