レッツ・スタディー!経済編㉚ 「インベスターZ」作者を迎えて
三田紀房さんの人気投資漫画「インベスターZ」に、アイドルグループNMB48の安部若菜さんらが入り込み、同作の登場人物とともに経済の仕組みを学ぶこの連載は今回で30回目。その節目を記念し、三田さん、安部さん、解説を担当する宮宇地俊岳・追手門学院大教授が語らいました。(構成・阪本輝昭)
三田紀房さん・安部若菜さん・宮宇地俊岳さんの鼎談が実現
みた・のりふさ 1958年、岩手県生まれ。漫画家。「ドラゴン桜」「インベスターZ」「アルキメデスの大戦」「砂の栄冠」など作品多数。
――「インベスターZ」の舞台である道塾学園投資部は校内では秘密の存在として描かれています。現役アイドルの安部さんが本当に体験入部を希望したら、主人公の財前や神代ら投資部員たちはどんな反応をするでしょうか?
三田紀房さん:めっちゃウェルカムだと思いますよ。意外と彼ら、投資部の面々はミーハーなんです(笑)。地下の部室で安部さんの歓迎パーティーを開いちゃうかもしれませんね。
安部若菜さん:本当ですか? うれしいです。
三田さん:投資って好奇心が重要ですから。「アイドルってもうかるの?」「どんなビジネスモデルになっているの?」と興味津々で質問攻めにするでしょうね。
安部若菜さん:実は私、高校時代、本当に「投資部」に所属していました。「インベスターZ」は必読書で、周りにもすすめていたんです。
三田紀房さん:それは、それは(笑)。
安部さん:当時は、高校生が投資をするというと、かなり珍しがられたものでした。
三田さん:その空気も変わってきていますよね。最近では、証券会社や文部科学省が、中高生向けの金融教育プログラムを進めています。大人たちの間には長らく「お金は汚いもの。子どもたちに教えるべきではない」という抵抗感がありました。そもそも、日本の子どもたちは昔から自然な形でお金を学習している。子どもたちは使い道を指定されずに大人からお小遣いやお年玉をもらっています。子どもが自分でお金を管理し、何にお金を使うのかを考える。これは実は「投資」そのものなんです。こうした「矛盾」が解消され、フラットな目線でお金を学べる環境がだんだん整いつつあると感じています。
急速なAIの進化…投資家はいなくなる?(安部若菜さん)
あべ・わかな 2001年、大阪府生まれ。18年、NMB48に加入。小説執筆、落語、投資、ゲームなど特技・趣味多数。
安部さん:「インベスターZ」が連載されていた頃(2013~17年)と今を比べても、社会は大きく変わったなと感じます。
三田さん:ええ。何より大きな変化は、AI(人工知能)の飛躍的な進化ですよね。10年前の予想をはるかに上回るスピードです。まさにビッグバン。馬車しか走っていない時代に自動車が登場したぐらいのインパクトです。世の中を大きく変えていくでしょうね。
宮宇地俊岳さん:投資の世界ではアルゴリズムが株式の売り注文・買い注文をし、 AIがその意思決定の精度をより高めています。 昔は人対人、あるいは人対企業の投資戦だったのが、AIを相手に戦う時代になってきましたね。
三田さん:はい。道塾学園投資部の面々も、今の時代ならきっと株の売買にAIを活用していると思います。彼らは徹底した合理主義者なので、AIに任せられることは任せちゃえ、と。
安部さん:AIが人間よりも上手に売買してくれる時代になると、「投資家」という職業もだんだんなくなってしまうのでしょうか。
三田さん:私はなくならないと思っています。AIは投資活動を効率化しますが、過去のデータをもとに判断することしかできません。しかし、世の中の価値観や価値の尺度というのは変動します。前例のないビジネスやできたばかりのベンチャー企業の中から新しい価値を見いだせるのは人間だけ。AI時代こそ、人間の直感や洞察力がより大事になるんだと思うんです。
人間の視点からしか生まれない発明がある(宮宇地俊岳さん)
宮宇地さん:科学技術を暮らしにどう生かしていくかというテーマにも通じますね。ある技術と、全く別の技術を組み合わせる大胆な発想によって、人間の生活や価値観を大きく変えるような発明が生まれてきた。そうした発想は、人間の視点からしか出てこないと感じます。
安部さん:人間とAIの役割分担ですね。AIに任せてもよいこと、人間が担い続けないといけないことを仕分けしていく必要があると。全ての職業にあてはまることですね。
三田さん:AIに仕事の一部を任せることで生まれた時間や余裕を、人間が新しい価値を見つけ出す営みに振り向けられるといいですね。
安部さん:投資といえば、「インベスターZ」の中で印象的なセリフがあります。「就職活動(就活)は人生の投資。人生の時間を投資する先は慎重に吟味しないといけない」という言葉です。はっとさせられました。私も投資をしているので、日々の生活の中で「損切り」(損失を抱えている株式などを見切って売却すること)を意識することがあります。アイドルとしての時間を何に使うか、今、どういう活動に重点を置いていくかという思考にも生きています。
日々を生きることは、すなわち「投資」(三田紀房さん)
三田さん:私たちは基本、日々投資をしながら生きています。漫画家である私でいうと、こうして日々誰かと会って話す。それは記憶に残り、次の創作に生かされてくるわけです。誰かと会って交わした会話や自ら体験したことが別の誰かと話すことでスパークし、次の作品の原資・原料になる。これも一つの投資ですよね。
安部さん:アイドルの立場で「インベスターZ」を読んだとき、日本のアイドル文化と、日本の雇用慣行である「新卒一括採用」を関連づけて描かれていたのが興味深かったです。
三田さん:はい。僕も甲子園が好きなんですが、それにもあてはまる話で、日本人って「成長」が好きなんですよね。最初から完成していなくてもいい。周りや先輩たちが引き上げ、育成すればいい。成長の過程に関わり、見守ることがみんな好きなんです。歌舞伎や高校野球の世界にも通じる話と思います。
安部さん:確かに。私たちAKB48グループでは、アイドルとファンが一緒に「成長の物語」を作り上げていく面が強いですね。未熟な段階からスタートし、歌やダンスを磨き、さらに自分だけの強みや特性を見つけ、それを伸ばしていく過程をファンの人たちと共有するんです。
過去のヒット漫画にも多い「未熟な」主人公(宮宇地俊岳さん)
宮宇地さん:「日本人は若者の成長を見守るのが好き」というと、過去のヒット漫画の主人公にも若い人、少年・少女が多いですね。
三田さん:はい。過去の人気漫画誌のヒット作をみると、「成長」を描いたものが多いですね。漫画の世界にもヒットの法則というか成功のフォーマットがあって、未熟な主人公が何かの戦いや試練を乗り越えて人間的に成長する。次にもっと大きな試練が来て、それをまた克服する。その成長のステップをいかにドラマチックに描けるかなんです。「インベスターZ」でも、主人公の一人である財前は経済知識ゼロのところから出発しています。
K-POPの台頭をどうみるべきですか?(安部若菜さん)
安部さん:ただ、アイドル界でも近年、韓国発のK―POPが人気です。K―POPアイドルはデビュー前に長期間、厳しいレッスンを積むのが一般的で、デビューの時点でパフォーマーとしてほぼ完成されています。こうしたK―POPブームをどうみたらいいでしょうか。
三田さん:自分たちとは別のマーケットだと割り切ることかと思います。最初から完成度の高い、洗練されたパフォーマンスを見たい人たちもたくさんいるでしょう。でも、それはそれ。私の若い頃、日本でもマイケル・ジャクソン旋風が吹き荒れました。だからといって日本のアイドルは絶滅しませんでした。松田聖子さんや中森明菜さんも大人気でしたし、マイケルも聖子さんも両方好きという人も大勢いた。スポーツでいえば別競技なのです。動じてはいけない。同じ球技でもサッカーとバスケは違い、互いに共存しうるようなものです。
宮宇地さん:そういえば、漫画でも「異世界転生もの」のように、最初から主人公が圧倒的な強さや能力を持って登場するような作品が増えてきました。「成長もの」とはまた別のジャンルとして楽しむとよいのかも知れませんね。
夢・目標…「持て」と言われ続けてきたけれど
安部さん:「成長」といえば、私たち、小さな頃から「夢を持ちなさい、目標を持ちなさい」とよく言われてきました。成長のために目標が大事なのはわかります。でも、そんな簡単に夢や目標って見つからないよね、とも。
三田さん:その通りですね。私はある程度、大人になってから見つければいいと思います。10代のうちからやりたいことをはっきり見つけられる子の方が珍しい。だからとりあえず大人の敷いたレールに乗る、そして歩きながら考えるでもいいんじゃないかなと。東大生と話していて、「何になりたくて東大に?」と尋ねたら「いや、特にないです」という答えが多いです。東大ですら「とりあえず入ってから考える」という学生が案外目立つ。そもそも夢や目標を持って生きている大人がどれぐらいいるでしょうか。ある調査によると、一つの会社に入ってそのまま定年まで勤める人(男性)は今や3人に1人だそうです。途中でやりたいことも価値観も変わって当然だし、夢や目標なんて「一生かかって考える」ぐらいでちょうどいいと思っています。あまり最初から高い目標を設定しすぎると、若い人はかえって心や体を痛めてしまうのではないかなと。
安部さん:少し心が軽くなりました(笑)。
三田さん:安部さんはご自分をうまく「経営」しているなと思います。本業をアイドルとしつつ、投資、落語、小説執筆など自分の中に五つぐらいの「事業部門」があって、それぞれ稼働している。色んな分野に足をかけて、その時々で重点的にリソースを投じる事業を決めて出力調整している。全てをフルパワーでやろうとすると誰しも挫折する。だから、そのつど各部門の「稼働率」を調節しながら、無理なく回しているのがすごいなと。
宮宇地さん:就活前の学生たちと話をしていると、自分のやりたいこと一本で勝負しようという学生と、何をしたいのかがまだ見えていないという学生が比較的多い気がします。安部さんのように、できることや興味のあることをいくつかそろえ、それらを管理しつつ本当に得意なことを見つけていければ理想的ですね。
一過性ではなく…「永続的な価値」を生み出すために
安部さん:私の場合、アイドルになったことで夢がかなってしまい、その先のビジョンがなくて。とりあえず目の前のことや自分ができる範囲のことをしていたら、いつの間にかやりたいことにたどり着いていただけなんです。
三田さん:これからアイドルをめざす人たちにとって、安部さんが一つの成功のひな型、モデルケースになっていくといいなと思います。
安部さん:もしそうなれたら幸せですね。
三田さん:エンタメの世界は一過性のものと思われがちです。実際、一瞬だけ注目され、一瞬だけ売れて終わりとなるケースが少なくない。漫画もそうです。でも、それでは永続的な発展が見込めない。一つのコンテンツが連載終了後も価値を生み出し続け、創作者や制作者に長期間恩恵をもたらすシステムがつくれないか、私も関係者と試行錯誤しているところです。
宮宇地さん:興味深い取り組みですね。
三田さん:私が自分の漫画やキャラクターを他の媒体や創作物などで二次利用・三次利用してもらう企画に前向きなのも、そうした「経済圏」を広げる試みの一つなんです。この「経済編」連載もそうですね。
安部さん:そういわれると、確かに!
三田さん:なので、安部さんにはアイドルという概念を広げて、永続的な価値を生み出す何かをつくり続けてほしいなと期待します。
安部さん:せ、責任重大ですね! でも、私なりに頑張ります!
漫画「インベスターZ」とは
インベスターZ 北海道にあるという設定の中高一貫校・道塾学園を舞台とした経済漫画。中1の財前孝史、高3で主将の神代圭介ら各学年トップ成績の生徒6人でつくる投資部が、学園の運営資金を投資で稼ぐというミッションに取り組む。全21巻。
プロフィル
みた・のりふさ 1958年、岩手県生まれ。漫画家。「ドラゴン桜」「インベスターZ」「砂の栄冠」など作品多数。
あべ・わかな 2001年、大阪府生まれ。18年、NMB48に加入。小説執筆、落語、投資、ゲームなど特技・趣味多数。
みやうち・としたけ 1978年、京都府生まれ。追手門学院大学教授、副学長。専門は財務会計、金融・ファイナンス。
【写真】鼎談の様子など
「NMB48のレッツ・スタ…